安倍首相、クルーグマン教授との対話で日銀の財政ファイナンスを認める

そう言ってしまって良いだろう。日本政府は量的緩和が政府の借金を肩代わりしている事実を金融緩和の目的の一つとしてはっきりと認識している。そしてそれは日銀が量的緩和を当分止められない事実を示している。

問題の安倍首相の発言は、国際金融経済分析会合に呼ばれたクルーグマン氏とのオフレコの対話内容に含まれていたものであり、オフレコの議事録が何故表に出てきたかと言えば、クルーグマン氏がインターネット上で公開したから(原文英語)である。余程日本政府のもてなしに礼を欠いた部分でもあったのか。

日本政府は多少慌てているようであるが、直接的な発言は含まれていなかったので大丈夫だろうと踏んでいるようであるので、わたしが代わりに対話内容に暗示されている日本政府の意図を分かりやすく説明して公開しようというわけである。財政ファイナンスに関する部分以外も順に書いてゆく。

財政ファイナンス

先ずは安倍首相が日銀による金融緩和と政府債務の利払い軽減の関係について言及した部分から見てゆこう。以下は財政出動と財政健全化のバランスについて安倍首相がクルーグマン氏に質問をした部分である。

世界各国が財政出動を考えており、日本も規律の取れたやり方で財政出動をするべきだということを議論しています。ただ、積み上がった政府債務も懸念です。どうすればいいでしょう? でも黒田総裁がマイナス金利を導入してくれたお陰で、現状では10年物国債の金利もマイナスになっています。

お分かりだろうか? 日銀の金融緩和の結果として日本政府の利払い負担が減っていることを当たり前のように語っている。表向きには物価安定のためとされている量的緩和とマイナス金利だが、日本政府の目線は物価にはなく、GDP比で200%を超える政府債務をどうするかということに必死なのである。

ちなみに麻生財務相は過去に財政ファイナンスをもっとあからさまに推奨していた。

この事実が投資家に示唆するものは、日本の量的緩和とマイナス金利はかなり長引くだろうということである。政府債務は今年や来年のうちに解決する問題ではない。ちなみにクルーグマン氏は以下のように答えている。

自国通貨建てで借金をしている先進国は、債務危機とは縁遠いものです。(中略)日本がギリシャのようになると言う人がいれば、それがどのようにして起きるのか教えてほしい。日本には自国通貨があります。最悪の場合にも日本円が下落するだけのことで、それは一面ではむしろ良いことでしょう。

自国通貨建ての借金が債務危機に繋がらない理由については、上で紹介した麻生氏の記事で麻生氏が詳しく説明している。

また、私見を付け足せば、クルーグマン氏は量的緩和バブル崩壊のリスクを見落としている。経済学者は市場の動きを無視する傾向がある。

終戦前後の長期停滞

議事録の別の箇所に目を向ければ、麻生財務相が面白いことを言っている。1929年の世界恐慌が引き金となり、終戦前後まで続いた米国におけるデフレが、現在の日本の状態と似ているというのである。これはラリー・サマーズ氏の長期停滞論であり、麻生氏の口からこの見解が出てきたことに少々驚いている。

しかも麻生氏は当時の米国が長期停滞を脱出できた理由についても正確に言い当てている。彼の発言を見てみよう。

1930年代、米国でもデフレが蔓延していたと記憶しています。(中略)長い間、起業家や経営者は借入をして新たな投資を行おうとすることがなく、その状態は1930年代後半まで続きました。これは今の日本の状態と同じです。日本企業は史上最高の利益を記録しているにもかかわらず、投資をしようとしません。(中略)1930年代の米国ではこの問題を何が解決したでしょう? 戦争です。第二次世界大戦が1940年代に起こり、米国ではそれが解決策となりました。

その通りであり、長期停滞とは構造的な需要不足が問題なのだが、1930年代のアメリカでは皮肉にも戦争とその後の需要が長期停滞に対する解決策となった。

わたしがアメリカは利上げどころか利下げと量的緩和に逆戻りすると主張している理由は、長期停滞から脱出するには戦争のような強烈な需要拡大要因が必要となるからであり、そのようなものは現代の何処にもないからである。クルーグマン氏は以下のように述べている。

マクロ経済学的観点から見た戦争の重要な論点は、戦争は非常に大きな景気刺激であったということです。それが戦争であったというのは残念なことです。(中略)そう、われわれは同じような効果を戦争なしにもたらす方法を模索しているわけです。

そしてその戦争と同じ規模のショックというものは、アメリカではまだ起きていない。アメリカは長期停滞から脱しておらず、その状況で利上げをすれば、アメリカ経済は減速を免れないだろう。

ドイツに財政出動を

また、安倍首相はドイツに財政出動をさせる方法をこっそりクルーグマン氏に尋ねようとしてかわされている。以下は安倍首相の発言である。

これはオフレコですが、ドイツには財政出動の大きな余地があると考えています。ドイツを訪問したときに財政出動をするように説得したいのですが、何かいい方法はありますか?

「これはオフレコですが」から始まっている発言がネット上で公開されてしまっている。日本政府はクルーグマン氏によほど何か無作法なことをしたのだろうか?

日本人は英語を使って外国人を相手にすると人が変わったように礼節を忘れる人種であるから、無意識のうちに何か礼儀を欠いたことをしたのかもしれない。日本語で話している間はあれほど自慢を嫌い謙遜を好む日本人が、英語を話し出した途端に「Cool Japan」などと言い始めるのは世界随一のミステリーである。

オフレコと明言した内容を一語一句公開されているのだから、よほど何かあったのだと思うが、こういうものを見る度に日本人は外交に向かないのだと悲しくなるものである。