ジョージ・ソロス氏: アメリカの財政赤字と金利高に基づくドル高は崩壊する

今回の記事では、ヘッジファンドという概念を作ったと言えるヘッジファンドマネージャー、ジョージ・ソロス氏の著書『ソロスの錬金術』から財政赤字とドル相場の関係について語っている部分を紹介したい。

レーガノミクスの時代

ソロスの錬金術』はソロス氏が自分の投資方法を惜しみなく記述した本だが、この中に1980年代前半のレーガン大統領の経済政策を分析した箇所がある。

1980年代前半と言えば、1970年代の物価高騰がボルカー議長による金融引き締めでようやくピークを超え、インフレは落ち着き始めたものの、上昇した金利によってドルが強かった時代である。

金利は高いものの、巨額の財政赤字によって景気は刺激され、アメリカは物価高騰のあとの経済成長を享受していた。

巨額の財政赤字の問題は、まだ表出していなかった。

つまりこのレーガノミクスの状況は、コロナ後のインフレを通過した今のアメリカ経済とかなり近いのである。

レーガノミクスの仕組み

ソロス氏は当時の状況について次のように解説している。

金利は多少下がったものの、歴史的な高水準を維持していた。

強いドルは輸入を増加させ、輸入は消費者の強い需要を満たして物価を押し下げた。強い経済、強い通貨、巨額の財政赤字、巨額の貿易赤字が相互に強化し合い、インフレなき経済成長をもたらす自己強化的なトレンドが始まっていた。

このやや複雑な関係を、まずは貿易赤字の説明から始めよう。ソロス氏は次のように述べている。

伝統的な経済学によれば貿易赤字の増加は為替レートと経済活動の両方を低下させるはずである。

しかしレーガン政権の政策はこうした因果関係を他の2つの要素の助けによって克服した。財政赤字とアメリカへの資金流入である。

ドル高は当然に貿易赤字を生み出していた。今と同じ状況である。

それはアメリカからの資金流出であり、GDPにとっては無条件にマイナスに働く。

しかしレーガノミクスはそれを財政赤字による政府支出で補っていた。ソロス氏は次のように続けている。

財政赤字による景気刺激が貿易赤字のマイナス効果を上回ったため、アメリカ経済は強くなった。

だが財政赤字のマイナス面はどう賄っていたのか。

まず上でソロス氏が述べていたように、インフレの懸念は貿易赤字によって補われていた。インフレとはようするにもの不足だが、それを輸入で補っていたのである。つまりドル高がインフレ抑制に貢献していた。

そして財政赤字の資金面のマイナス、つまり誰がその赤字を補填するのかについてはどうか。それを補っていたのはドル高に惹かれた海外投資家である。インフレの後、今と同じように他国より高くなっていたアメリカの金利を求めて、ドルは買われていた。そしてドルの上昇が更にドルに投資家を惹きつけた。

だがそこにこのトレンドの危うさがある。ソロス氏は次のように説明している。

投機的な資金流入は短期的には自己強化的に作用するが、外国からの投資は利払いと債務返済を増加させ、それはいずれ逆方向に作用することになる。

最終的には、債務の支払いがこの好循環が前提としている関係を壊し、為替レートのトレンドは反転してゆくことになる。

他国から資金が入ってくるということは、外国人が米国債などを保有するということである。しかし巨額の財政赤字のためにどんどん刷られた米国債は累積し、(まさに今と同じように)高金利とあいまって巨額の利払いを米国政府に押し付けることになる。

プラザ合意からブラックマンデーまで

Bridgewaterのレイ・ダリオ氏は、米国債は大量発行と金利上昇によって既に買い手不足に陥る危険性のある段階に達していると指摘している。

そしてドルや米国債から例えばゴールドなどの代わりの資産への逃避は既に始まっている。

財政赤字が持続不能な水準に達し、ドル高のトレンドが本格的に逆転するとき、これまでの好循環がすべて壊れるのである。

実際、1980年代にはレーガン大統領はまずドル高を是正するために各国とプラザ合意を結んでドル下落を目指そうとするが、ドル安はそのまま止まらなくなり、最終的にはブラックマンデーへと繋がってゆくのである。

結論

当時の状況は今とまったく同じではないか。しかも財政赤字に対する大統領の態度について、ソロス氏は次のように言っている。

レーガン大統領は財政を均衡させることが望ましいと発言することだけで満足して、実際にはマーティン・フェルドスタイン経済諮問委員長の警告を無視し、ついには解任したのである。

財政赤字の問題を解決するためにスコット・ベッセント財務長官を起用したと口では言いながら、実際には予算案に巨額の支出を盛り込むトランプ大統領と同じではないのか。

ダリオ氏は、ワシントンの政治家たちは財政赤字を解決しそうにないと嘆いていた。

結局、当時のレーガノミクスの好循環はドル安を起点として転がり落ちていった。そしてソロス氏はドルを空売りし円やドイツマルクを買うことで巨額の利益を手に入れたのである。

ソロスの錬金術』はその時期のクォンタムファンドの投資をリアルタイムに記述したソロス氏の投資日記を含んでいる。プラザ合意の瞬間について、ソロス氏は次のように書いている。

われわれは興奮の渦中にある。G5の財務相と中銀総裁がプラザホテルで緊急会議を開いた。これは歴史的な出来事である。

わたしは紙一重でポジションを手放さずに済み、一世一代の大儲けを果たした。円を翌週の香港市場で買い増し、上昇する相場のなかでホールドした。儲けは過去4年の為替市場での損失を補って余りあるほどである。というわけで非常にいい気分だ。


ソロスの錬金術