巨額投資詐欺で逮捕の元NASDAQ会長マドフ氏、刑務所内でマクロ経済学を行使

バーナード・マドフという名前を読者はご存知だろうか? マドフ氏は1960年にBernard L. Madoff Investment Securitiesという投資会社を立ち上げることで金融業界でのキャリアを開始し、その後アメリカの証券取引所であるNASDAQの会長を務めるほどに著名な人物であったが、高いリターンを謳う彼の投資会社は実際には資産を運用しておらず、利益分配を顧客から集めた資金のなかから行なっていたとして、2008年に詐欺罪でFBIに逮捕された。

この事件は世界最大規模の金融詐欺事件と言われており、NASDAQの基幹システム構築に貢献し会長にまで上り詰めた著名な金融家がこのような古典的な詐欺を行なっていたとして当時話題となった。被害者には大手金融機関のHSBC、RBS、野村ホールディングスなどが含まれている。

このマドフ氏は金融業者として完全に無能だったわけではなく、詐欺を行なっていた資産運用業務は彼の会社の一部門だった。別に詐欺を働かずともやっていけただろう人物がこうした詐欺を行うとは誰も思わず、NASDAQ会長の肩書きを信用した人々が多かったことが詐欺が巨額になった理由なのだが、マドフ氏は逮捕されてほっとした、もっと早く逮捕されたかったとも話しており、一度始めた詐欺があまりに大規模になったために止められなくなったのだろう。マドフ氏は150年の禁固刑で刑務所に服役しているため、実質的には生涯刑務所から出られないことになる。

刑務所におけるマドフ氏

さて、このマドフ氏についてMarketWatch(原文英語)が新たなニュースを伝えている。マドフ氏を取材し続けてきた記者によれば、何十年も詐欺を続け、詐欺がばれないかどうか怯えながら暮らしてきたマドフ氏は、そうした不安から解放された刑務所での生活が気に入っているらしく、「奇妙なことに、マドフ氏には刑務所での生活が非常に快適なようだ」と伝えられている。

刑務所内では他の囚人たちが彼の金融に関するアドバイスを求めて集まってくるなど、周囲に慕われながら生活しているらしい。そして実際に金融家としての能力もあったマドフ氏は、刑務所内でマクロ経済学を実践することを思いついたらしい。記者は以下のように述べている。

マドフ氏は金融市場に独自のアイデアをもたらした優秀なビジネスマンだった。そして彼は刑務所内でも自分のアイデアを実践し続けている。

刑務所におけるマドフ氏の起業家精神

しかし刑務所のような限定された環境で金融家に何が出来るのか? 彼は刑務所内の売店に目をつけた。刑務所内でも物は流通する。囚人も食料や生活用品などを必要とするだろう。そうであれば、そこには需要と供給がある。しかも供給は刑務所内の売店のみということになる。では、その供給を独占してしまえばどうなるか? そうである。マドフ氏は刑務所の売店でホットチョコレートの粉を買い占めたのである。

マドフ氏は売店からSwiss Miss(訳注:ホットチョコレートのブランド)を買い占め、刑務所の広場で高値で売り始めた。彼はホットチョコレート市場を独占したのだ! これで囚人たちは、ホットチョコレートが飲みたければマドフ氏のところに行くしかなくなった。

どのような状況でも、需要と供給がある限り、市場原理は働くものである。市場を独占し、そこに需要があるならば、供給者はそれを高値で売ることが出来る。あまりに複雑になり過ぎたマクロ経済学の世界において、初心に戻ることは必要だと思われたので、今回このニュースを取り上げてみた。Bridgewaterのレイ・ダリオ氏は、経済というのは非常に単純な事実が無数に複雑に繋がって出来ていると言っている。

また、マドフ氏の話は買い占めといっても生活必需品を買い占めたわけではない辺り、市場原理の外にある人々の心理学にも配慮している。対AIDSの薬品を独占して値を釣り上げ、しかもそれをテレビで喧伝したアメリカの製薬会社は、今政治的なプレッシャーを受けている。

マクロ経済学には何らかの修正が必要だが、そのためにはより単純な事実から考えてゆく必要性を感じている。世界経済は低成長の時代を脱することが出来るだろうか? 金利、インフレ率、GDP成長率について、今後も報じてゆく。