サマーズ氏: 米国株とドルと米国債の同時下落は基軸通貨ドルの衰退に繋がる

アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が米国商工会議所のインタビューで、4月の株安で米国債とドルが急落したこと、そして基軸通貨ドルの長期的見通しについて述べている。

株価・ドル・米国債の同時下落

コロナ後のインフレをいち早く予想したように、サマーズ氏は世界情勢から重要なトレンドを見つけ出して注目することに長けている。

そのサマーズ氏が最近の金融市場で憂慮していることは、筆者と同じく4月の株安でドルと米国債が同時に下落したことである。

サマーズ氏は次のように述べている。

わたしは相関関係を重視する。

アメリカにおける伝統的なパターンは、人々が未来に対して弱気になったとき、米国株は下がるが、米国債とドルは上がるというのが普通だった。人々が弱気になるとき、資金をそこに退避させるからだ。だからそうした資産の価格が上がる。

それが安全資産のパターンだ。アメリカではそれが普通だった。

先進国と新興国のパターンの違い

多くの人に知られているかどうかは分からないが、金融業界では常識となっていることがある。先進国では株価が下落すれば国債の価格は上がるということである。

株価が下落するとき、サマーズ氏が言うように、人々は株式の代わりに現金を貯金することを選ぶだろう。

その貯金を預かった銀行は、そのお金で国債を買うことになる。だから、国内の人々が株式を売って現金を手にし、それを銀行に置いておく限りは、株価が下落すれば国債価格は上昇する。

一方で、例えば新興国ではその限りではない。サマーズ氏は次のように続けている。

新興国の市場では、人々が国の先行きに弱気になれば、すべてが下落する。株価は下がり、国債が下がるので金利は上がり、同時に通貨も下落する。

何故か。話が国内だけで完結しないからだ。新興国は外国人投資家の資金に左右される。外国人は、その国の株式を売れば、その国の通貨ではなく自分の国の通貨に替えてから預金するだろう。

だから先進国のパターンのように株高が国債高につながらないどころか、その国の国債も通貨も下がるのである。

あるいは国内の人々も、自国の通貨や政治体制に不安があれば、自国通貨よりも他の国の通貨にして預金した方が安全だと思うかもしれない。

だから相場が下がると新興国(というか不安定な国)では国債や自国通貨が下がるのが普通のパターンである。

4月の株安におけるドルと米国債の下落

そして今年の株安の話に議論は戻る。サマーズ氏は次のように言っている。

そして4月2日以降のアメリカでのパターン、つまり価格同士の相関関係を見ると、アメリカのいつものパターンから離れて新興国市場で見られるパターンのようになっている。

4月の株安では株価が下落していたにもかかわらず、その途中で米国債が急落し金利が急騰した。

同時にドルも下がった。それがトランプ政権に関税の延期を強要した。世界的なヘッジファンドマネージャーである財務長官のスコット・ベッセント氏が事態の深刻さを理解したからである。

4月の株価下落自体は大したことではない。NISAな人々は理解していないかもしれないが、株価が20%や30%、時には50%下落するのは普通のことである。

だが株価下落時に米国債の急落が始まったということは株価の下落そのものとは比べものにならない異常事態なのである。

株価と通貨と国債が同時に下落するとき

株価と通貨と国債が同時に下落するのはどういう場面か。例えばサマーズ氏が言うように新興国の市場である。

だが直近100年のアメリカの歴史の中で、それが起こった時期がたった2度存在する。

サマーズ氏はアメリカが先進国のパターンから外れる時期について次のように述べている。

そのパターンから外れる時期もあった。カーター政権でポール・ボルカー氏がFed(連邦準備制度)の議長になるまでの時期は、こうしたパターンから外れた。

サマーズ氏の言及しているのは、1970年代の物価高騰時代のことである。ボルカー議長が断固たる金融引き締めでインフレを退治するまで、アメリカの市場では株価と国債が同時に下落する新興国のパターンを演じた。

そしてもう1つが、1929年から始まる世界恐慌の時期である。

投資家にとって重要なのは、この2つの時期の両方で、米国株は長期の下落相場を演じているということである。以下の記事で詳しく説明している。

それと同じことが4月に起こりかけたということである。だからサマーズ氏は(筆者もだが)4月の金融市場のパターンを危険視しているのである。

ドルからの資金流出

さて、今回の事例が世界恐慌や1970年代よりも深刻である理由が1つある。

この状況が、世界的なドルからの資金流出と同時に起こってしまっていることである。

ことの始まりはウクライナ戦争である。ウクライナ情勢でアメリカがドルを使った経済制裁を振りかざして以来、中東諸国やBRICS諸国はドル決済やドルの保有を減らし始めている。

更に、今このタイミングで米国債が下がった原因は、コロナ後の金利上昇でアメリカの財政赤字の半分は米国債の利払いとなっており、アメリカの財政が懸念されているからである。

その状況下でトランプ政権は、関税を振りかざし、他国にとってはアメリカにあまり関わりたくない状況を作り出した。

サマーズ氏は次のように続けている。

本来金融市場を安定した状態に保つべき政治家が市場の安定性を脅かすとき、市場は人為的な要因で荒れることになる。

アメリカは多くの意味でそれをやってしまっている。関税でもそうだ。関税政策が目まぐるしく変わることもそうだ。

アメリカの長期的衰退

トランプ政権が貿易赤字を減らそうとすることは、トランプ政権だけの問題ではない。アナリストのラッセル・ネイピア氏は、アメリカの貿易赤字縮小は不可避のトレンドであると述べている。

だから仮にトランプ政権ではなくなったとしても、国際貿易におけるアメリカのプレゼンスは下がっていかざるを得ないだろう。

それはつまり、覇権国家としてのアメリカのプレゼンスが衰退してゆくということである。

それどころか、アメリカの市場の動きは先進国のものでさえなくなっている。サマーズ氏は次のように述べている

これは人々がアメリカをもはやこれまでと同じようには考えていないことを示すサインだ。今や人々はアメリカをラテンアメリカ諸国と同じように見ている。

結論

この商工会議所のインタビューでは、司会者は1974年には世界の準備通貨のうちドルが占める割合が85%だったものが、2024年には57%まで下がってきていることを指摘し、サマーズ氏にドルのプレゼンス低下について尋ねている。

サマーズ氏は次のように答えている。

避けられないことだと思う。それでもそれはドルが国際貿易の大部分で使われているという事実を示している。

シェアの下落は長らくのトレンドだ。だが今や新たな不安要素がある。

ドルが基軸通貨でなくなるとき、金融市場はどうなるのか。1つのトレンドは金価格の高騰である。ドルの代わりにゴールドが急上昇している。

だが米国株はどうなるのか。アメリカの歴史上、株価下落時に国債が下がった状況で米国株が長期の下落相場を経験していることを思い出したい。

1970年代の物価高騰については、コロナ後のインフレ以来ここでも何度も取り上げているが、1929年の世界恐慌後の株式市場の動きについても投資家は知っておくべきである。これからそうなる可能性が十分高いからだ。

レイ・ダリオ氏がアメリカの覇権衰退を予想して書いた著書『巨大債務危機を理解する』に当時の様子が詳しく解説されているので、そちらを参考にしてもらいたい。


巨大債務危機を理解する