21世紀、英米対ドイツの戦争が再び始まりつつある

ヨーロッパ大陸を支配するドイツが海を隔てたイギリスとアメリカと対立する、そのような第二次世界大戦の構図が21世紀に再び始まりつつある。

ドイツの支配するEUの在り方にNoを突き付けたイギリスのEU離脱と、共通通貨ユーロを利用したドイツの莫大な貿易黒字に異を唱えるアメリカのトランプ大統領の勝利の後、ドイツと英米の対立が鮮明になったのは2017年5月にイタリアで行われたG7サミットである。

どの国がグローバリズムで、どの国が反グローバリズムかということがある程度明らかになっている昨今の状況で行われたG7サミットでは、反グローバリズムを代表するイギリスのメイ首相及びアメリカのトランプ大統領と、EU内で移民政策を推進したグローバリズムの代表国であるドイツのメルケル首相との関係は、どうやら決裂に終わったようである。

ドイツの貿易黒字

G7サミットの後、トランプ大統領はTwitter(原文英語)であからさまにドイツを批判した。

アメリカはドイツに対して膨大な貿易赤字を抱えている。加えて、ドイツはNATOとその軍事力の維持のために払うべき対価をほとんど払っていない。アメリカにとって非常に悪いことだ。これはいずれ変わる。

ドイツは対アメリカに限らず、非常に大きな貿易黒字を抱えている。以下はドイツのGDP比の貿易黒字のチャートだが、ドイツの貿易黒字は今やGDPの7%に及んでいる。

ドイツの貿易黒字は2001年頃から激増しているが、2001年はユーロ導入の年である。ドイツマルクよりも安価なユーロはドイツにとって通貨切り下げの効果をもたらし、ドイツの輸出業を支えた。

その一方で、元々ユーロより安い通貨を使っていたイタリアやギリシャにとっては通貨切り上げとなり、貿易で儲けられなくなった南欧諸国からは資金が流出、ギリシャは債務危機に陥ることとなった。実質的に、ドイツは南欧諸国から資金を吸い上げているのである。この辺りの説明は以下の記事に詳しい。

移民推進か反移民か?

また、ドイツがヨーロッパで推進した移民政策は、EU内外の国々に影響を与えた。イギリスはドイツによる無差別な移民推進を理由にEUを離脱し、アメリカでは反移民を唱えるトランプ氏が大統領となった。

このように、ヨーロッパ内外で反ドイツ感情が広がる中、ドイツが逆に英米の批判を始めている。

Spiegel(原文ドイツ語)によれば、ドイツのガブリエル外相は、G7のあと、トランプ大統領の政策によって「西洋は弱体化した」「移民を拒否するアメリカの政策によってヨーロッパへの移民は増え続けるだろう」「誰であれ、アメリカの政策を批判しないものは罪人だ」と述べた。

因みにこのガブリエル外相というのは、ドイツがまだ移民政策は人道的義務だと表向きには主張していた頃に、移民政策はドイツの企業利益のためだという本音を白状していた人物である。彼の以下の発言を覚えているだろうか。

われわれのところにやって来る人々を早急に訓練し、仕事に就かせることができれば、熟練労働者の不足という、わが国経済の未来にとって最大の課題の1つが解決するだろう

そしてガブリエル氏の同盟国批判に同調したのがメルケル首相である。Spiegel(原文ドイツ語)によれば、メルケル氏はG7のあと、ドイツ国民に向けて次のように呼び掛けた。

われわれが他国に完全に頼ることが出来た時代は終わった。それがここ数日でわたしが体験したことだ。われわれヨーロッパ人は自分の運命を自分の手のなかに取り戻さなければならない。

英米との決別を明確に表明したメッセージである。

以前からのここの読者は「われわれヨーロッパ人は」というフレーズに聞き覚えがあるのではないか。ドイツ国民に向けて話しかけるとき、この表現をメルケル首相が好んで使うのには理由がある。2年前に以下の記事で説明したことである。

ドイツ人のヨーロッパ主義

ドイツ人と交流のある人間には明らかなことだが、ドイツがEUに固執するのはドイツ人の特殊な国民感情が理由である。

ドイツは歴史的にフランスやイギリスなどの国から「ヨーロッパの田舎者」と見なされ、また愛国的な理由によってたびたび周辺諸国を侵略するため、特にイギリスからは警戒されてきた経緯がある。

文化的に洗練されたフランスやイギリスに見下されながらも、ドイツ人は自分達にも優れた文化があり、周辺諸国から認められたいという願望とともに何百年も生きてきたのである。

その感情が爆発したのがナチス政権下における「アーリア人至上主義」という自画自賛であり、ヒトラーが選挙によってドイツ国民から選ばれたことにはそういう事情があったのである。

しかし他国に対する軍事力の行使が他国の賞賛を得られるはずがない。ドイツ人の願望もむなしく、第二次世界大戦に敗北したドイツ人には、「ヨーロッパを侵略しユダヤ人を虐殺した国民」という汚名だけが残った。現代のドイツ人はこのイメージから逃れようと必死なのである。わたしはドイツ人から直接「ドイツの歴史は酷かったかも知れないが、ヨーロッパの歴史は偉大だ。だから自分はヨーロッパ人になりたいのだ」という言葉を聞いたことがある。

だからメルケル氏は「われわれヨーロッパ人は」という表現を多用して、ドイツ国民の関心を引こうとするのである。因みに個人的な経験から言えば、フランス人やイギリス人がこの表現を使うことはほとんどない。彼らは自国の文化に満足しているからである。

EUに執着するドイツ人

このようなドイツ人の願望に最適な乗り物がEUなのである。EUとはもともと、第二次世界大戦のあとに、ドイツを封じ込めるためにチャーチル英首相の発案で出来た統一ヨーロッパ構想に端を発している。しかし皮肉にも、EUの盟主としての地位はドイツ人の自尊心を満足させるために最適な乗り物となった。

かつて蔑まれたドイツ人が、偉大なヨーロッパを率いている。他国から褒められたいと常に考えてきたドイツ人にとって、これ以上の未来があるだろうか。しかも貿易収支を通して南欧諸国から資金を吸い上げられるのだから、一石二鳥である。

勿論、ドイツのこうした姿勢は実際には他国の反ドイツ感情を育てているに過ぎないのだが、ドイツ人がその事実に気付くことはない。これが日本人の知らないヨーロッパとEUの実態なのである。

こうしてドイツは英米と決別した。チャーチル首相のドイツに対する懸念が、皮肉にも21世紀を第二次世界大戦と同じ状況に引きずり下ろしたわけである。

この状況を完成させるのが、一部の政治家が夢見ているEU軍の創設である。ドイツがEU加盟国の予算によって創設された軍隊の指揮を預かることになれば、状況は第二次世界大戦と完全に同じとなる。

読者はこれを個人的な妄想だと思うだろうか? しかし古い読者には周知のように、わたしはドイツによるヨーロッパ支配を2015年から予言し続け、状況はますますその方向へ向かっている。ヨーロッパの未来はますます暗くなっているのである。