信用取引(レバレッジ)は危険なのか?

最近知り合った人のなかに、自分のビジネスを持っていたが引退した方がいて、資産運用を考えているのだがと相談を受けた。彼は金融や投資とは関わりのない業界の人で、若いころに自分で投資を試みて家一つ分の金額を失った話を笑いながらしておられた。

彼はどうやら、信用取引でレバレッジの掛かった取引をしたため、市場が下落したときに多額の追加証拠金を求められ、それがトラウマになり、それ以来投資はしていないそうである。

そこで彼がわたしに尋ねてきたのは、わたしもレバレッジを使うのだろう? レバレッジは危険ではないのか? ということである。返した答えは、わたしの方法論ではレバレッジを使わないほうが危険である、というものであった。

信用取引は危険か?

このやり取りを聞いて個人投資家の読者はどう考えるだろうか? レバレッジを使わない取引が危険である意味が分かってもらえるだろうか? 勿論、間違った使い方をしたレバレッジは危険なのだが、レバレッジを掛けていないポートフォリオも、ヘッジファンドマネージャーの観点からは、多くの場合危険なのである。

例を挙げよう。100万ドルの資金を持っているとする。ポートフォリオは、当然以下の通りである。

  • USD: $1,000,000

さて、この資金で米国株を買ったとしよう。ポートフォリオは次のようになる。

  • US Stocks: $1,000,000
  • USD: $0

しかしここで、この米国株ポートフォリオに航空株やエネルギー株など原油安の恩恵を受ける銘柄が多数含まれており、100万ドルのうち30万ドルほどが原油価格の影響を受けると計算されたとする。ポートフォリオ全体がドル建てであることもあり、ドル高が反転し、コモディティ価格が上昇した場合のリスクを考慮して、例えば30万ドル分の金を買うことを考える。

しかしながら、100万ドルの資金はすべて既に米国株に投資してしまっているため、金を買うための資金がない。そこで信用取引を利用し、30万ドルを借り入れ、その資金で金を購入した。ポートフォリオは次のようになる。

  • US Stocks $1,000,000
  • USD: -$300,000
  • Gold: $300,000

30万ドル分のマイナスが信用取引である。このポートフォリオは、上記で考えたリスク勘定が正しい限り、信用取引を使わずに米国株だけを保有していた頃よりもリスクが少なくなっている。しかし信用取引を使わなければ、このようなリスクヘッジが不可能となるのである。

空売りは当然必要

この話は空売りを考えた場合により分かりやすくなる。個別株で良い銘柄を見つけたが、株式市場全体が加熱していると考えた場合には、株式指数先物を空売りして株式に対するエクスポージャを減らすのが当然の選択である。まともなヘッジファンドマネージャーは、こういうリスクヘッジが出来ない制限のもとで資金を委ねられることを拒否するだろう。責任が持てないからである。

より極端な話をすれば、グローバル・マクロ戦略で投資をする人間にとっては、グローバル・マクロでないことはリスク管理の放棄でさえある。株式ロングオンリーのファンドは市場全体の下落リスクを無視しており、株式ロング・ショートのファンドは為替や商品先物市場における適切なリスク管理責任を放棄している。そこが一番難しいというのに、プロとしてその部分を放棄するとはどういうことであろうか。

レバレッジとリスク

こうしたレバレッジの話は、ヘッジファンド業界とその規制当局にとって実はより大きな問題である。レバレッジ2倍よりもレバレッジ3倍の方が必ずしも危険とは限らないとなれば、規制当局にはヘッジファンドのリスクを適切に判断する方法がない。

リスクを適切に計量するということ自体がそもそも優れたヘッジファンドマネージャーの定性的判断で行われるのだから、ポートフォリオのリスクを数字で正確に表現するということはそもそも不可能なのである。だから規制当局はリスク指標として、レバレッジを次善の策として採用する。しかしこれは必ずしも厳密ではないのである。

多数のポジションによるリスクの相互軽減

優れたグローバル・マクロのポートフォリオでは、多数の投資戦略とそれらに基づいて建てられた多数のポジションが、相互に作用してリスクを減らすということが起こっている。エネルギー株のポジションと原油先物のポジション、米国輸出株のポジションとユーロドルのポジションが、互いにリスクを軽減し合っているのである。これについて、ジョージ・ソロス氏は著書「ソロスの錬金術」で以下のように述べている。

一つの仮説にすべてを賭けるというのは、私にはめずらしい行為である。普通は、少なくとも部分的に矛盾する仮説に従って行動している。原則として、妥当性を持つ仮説に基いてつくったポジションは手放さないことにしている。そして新しい仮説に基いて反対方向のポジションを追加する。その結果、調整する必要のある微妙なバランスを適宜調整できるようになる。(第12章 第二実験)

結論

レバレッジ2倍でも危険なポートフォリオもあれば、レバレッジ3倍でも安全なポートフォリオもある。読者のポートフォリオはレバレッジなしで危険なポートフォリオになっていないだろうか? この機会にリスク管理ということをもう一度よく考えてみてもらいたい。


新版 ソロスの錬金術