世界経済の大嘘が金融市場の先行きを占う: 財政ファイナンス、中国経済成長率、通貨切り下げ競争

世界経済は冗談のような大嘘に満ちている。量的緩和は財政ファイナンスではなく、中国経済は年率7%成長しており、金融緩和は通貨切り下げ競争ではないというものである。

量的緩和は国債を政府ではなく市場から買い入れれば財政ファイナンスではないとされ、中国経済の成長率は他国の要人さえ7%前後を前提に発言している。通貨切り下げ競争に至っては、デフレや失業率など自国内の口実さえ思いつけば金融緩和は通貨切り下げではないとされ、米国は日本やユーロ圏の量的緩和を非難せず、中国の控えめな金融緩和のみを非難している。

こういう子供でも分かるような大嘘を政府が付かなければならないのは、その背景に彼らにとって重要な意図と行動があるからであり、世界経済はそういった意図に基づいて動いてゆくのである。本稿ではこういう嘘がどういう背景で運営されているかを明確にし、それが金融市場に与える影響を考察する。

量的緩和は財政ファイナンスである

この文言はとりわけ日本の場合に真実である。これは文字通りに日銀が国債を引き受けているという単なる結果論ではなく、量的緩和は初めから財政ファイナンスを行う明確な意図をもって行われているという意味であるが、先ずは字義通りの意味を見てゆこう。

現在、日銀は年間約80兆円の長期国債を買い入れているが、この国債から支払われる利息は日銀のものとなる。この日銀の得た利益(通貨発行益と言う)は国庫納付金と呼ばれ、政府に還付されることとなっている(日銀法第53条)。つまり、政府は日銀の保有する国債について利息を払わなくて良いということである。

さて、国債とは日本政府の負債であるが、日本の負債はGDP比で230%を超えており、1,057兆円に達する。先進国における230%という数字は戦時でもなければ世界的に例がなく、この数字を非常に心配した層が日本政府のなかにあった。財務官僚である。

日銀総裁は古くから財務省(大蔵省)の天下りポストとして有名であるが、現在の黒田総裁も財務省出身であり、財務省が日銀総裁のポストを財務省出身者にあてがおうと工作した文脈のなかで選出された人物である。

財務省では230%の政府債務を究極的にはどう返済するかという議論が行われており、その一つが日銀による財政ファイナンスであり、またインフレによる実質債務の削減である。量的緩和終了時には日銀の国債保有は400兆円前後になり、発行額全体の40%ほどとなる。その利払いは実質的に消え去ることになるだろう。

このような財務省の意向と、株高による支持率で安保法案を通したかった安倍首相の利害が合致した結果が黒田総裁による量的緩和であった。日銀の追加緩和の有無は、黒田総裁がどの程度財務官僚かという点にかなり左右されるだろう。

中国経済はゼロ成長に近い

次の大嘘は中国経済の成長率である。中国政府によれば7%とされる中国経済は、少なくとも新興国にふさわしい成長率を維持していない。これは以下の記事で述べた通りである。

電力発電量や貨物輸送量、輸出入など、比較的信用できる指標は軒並み前年比マイナスとなっており、個人的には中国経済全体でもマイナス成長の可能性を懸念しているが、各国著名人は公式発表の7%を尊重した発言を行っている。

政治家は勿論のこと、JPモルガンのCEOでさえこれである。本当に5%であればどれほど良いことだろうか。

これが中国だけの問題ではないのは、先ずはコモディティ価格への影響である。中国の景気減速懸念で、鉄鉱石や銅などの価格が軒並み下落している。

そして更に重要であるのが、輸出入を通じて世界経済に与える影響である。次の項目に移ろう。

金融緩和は通貨切り下げ競争である

最後の嘘はこれである。量的緩和による通貨安が通貨切り下げでなければ、何が通貨切り下げ競争であるというのだろうか。

米国は日本とユーロ圏の金融緩和を容認し、中国元安を非難しているが、要するに、米国に利益のある他国の金融緩和は通貨切り下げ競争ではなく、米国に利益がなければ、米国に対する通貨切り下げ競争であるということである。これは米国の利上げ戦略の一貫であり、この点については以下の記事で説明した。

日本とユーロ圏の量的緩和はともに通貨安によって輸出を促進することを目標の一つとする通貨切り下げ政策であり、これは貿易相手国から経済成長を輸入する政策である。これは世界のほかの部分に経済成長があることを前提としており、これまで世界の経済成長の大部分は中国からもたらされてきたとされていたが、この前提が覆りつつあるのである。

通貨安政策はゼロサムゲームであり、世界経済に新たな需要をもたらすわけではない。現在の世界同時株安の一因は世界の何処にも新たな需要がないことであり、したがって日本かユーロ圏の追加緩和など新たな処置が為されない限り、株安の中長期的傾向は変わらないだろう。

結論

政治とはそういうものだが、上述したように各国要人の発言はほとんど茶番であり、しかしそういう茶番を演じなければならない理由の奥底には、世界経済を動かしている本当の要因が存在している。

ジョージ・ソロス氏がいつか、ヘッジファンドマネージャーという立場は他の要人に比べて限りなく自由に発言する立場を自分に与えてくれたと述べていた。投資家が相手をしなければならないのは市場であり、政治家や有権者、商売人ではないからである。

この意味では投資家のみが資本主義の世界で道化を演じずとも良いということになる。投資家はむしろ、何が道化で何が道化でないかを常に判断する必要がある。今回の記事は考察の種の部分でしかないが、こういう穿った視線で検討することは、投資家にとって必要だろう。とりわけ投資家にとって難しい時期だからである。