ポジャール氏: ボルカー議長も偶然の原油暴落がなければインフレを抑制できなかった

元クレディスイスの短期金利戦略グローバル責任者ゾルタン・ポジャール氏が、Bitcoin 2023でのインタビューで1970年代のアメリカの物価高騰と現在のインフレを比べている。

インフレと利上げ

アメリカでは物価高騰に対してFed(連邦準備制度)が5%の利上げを行ない、それでインフレが下がるのかということが注目されている。

利上げはインフレを解決することができるのか。ポジャール氏は以下のように不吉なコメントをしている。

Fedはインフレに対応してはいるが、インフレは根強い問題だ。一般には金利を上げればインフレが解決すると思われているが、そんな簡単な話じゃない。

何故か。過去にアメリカで物価が高騰した1970年代には、最終的にポール・ボルカー氏がFedの議長に就任し、利上げを敢行してインフレを抑えたのではないのか。

当時のインフレ率と政策金利を並べると次のようになっている。

3度目のインフレの波がボルカー氏によって抑えられている。

ボルカー議長のインフレ打倒の真実

だがポジャール氏は少し違った見方をしているようだ。彼は次のように説明している。

伝説的な中央銀行家のポール・ボルカー氏についても、人々は彼が大幅に利上げしてインフレが下落したと思っている。

ポール・ボルカー氏は間違いなく伝説的な中央銀行家だが、彼は同時に幸運でもあった。

ポジャール氏によれば、ボルカー氏がインフレを打倒できたのは、彼の利上げの他に幸運な要素があったからだという。

それは原油市場における動向である。ポジャール氏は次のように続ける。

OPECによるオイルショックが1970年代前半に起き、後のインフレの大きな原因となった。

1970年代のインフレも、現在と同じように紙幣印刷と供給不足の両方によって引き起こされた。

コロナ後の現金給付に相当する当時の紙幣印刷が、金本位制を廃止した1971年のニクソンショックである。ドル紙幣をゴールドと交換するという約束を取りやめることによって、アメリカはドル紙幣をいくらでも刷れるようになったわけである。

それがインフレを引き起こした。だが同時に供給の要因もあった。それがオイルショックである。当時、原油価格はサウジアラビアなど産油国で構成されるOPECが決めていたが、OPECが原油価格を大幅に上げたのである。

それで原油価格が急騰したわけだが、健全な経済では市場はそれに反応する。原油価格が高くなれば、高く売れると踏んだ産油企業が設備投資を行なってより多くの原油を掘ろうとするので、長期的にはインフレが収まるのである。それが市場原理である。

価格高騰が供給を引き上げる

それが1970年代にも起こったということである。ポジャール氏は次のように説明している。

オイルショックはポール・ボルカー氏が議長になる10年前に起きている。

その10年の間に原油と天然ガスに対する大幅な設備投資が行われた。その間、イギリスの北海油田が開発され、ノルウェー海の油田が開発された。テキサスやカナダも採掘していた。そうした大きな供給が生じることになった。

ボルカー氏が利上げをし、経済が景気後退に陥った時には、原油と天然ガスの新たな供給が大量に流れ込んできた。そしてエネルギー価格は崩壊した。

高騰した原油価格は、設備投資の増加と供給の急増を引き寄せて崩壊した。1970年代に高騰した原油価格が1980年代に暴落する様子は、以下の原油価格のチャートに表れている。

ちなみに当時、この原油暴落を予想していたヘッジファンドマネージャーがいる。ジョージ・ソロス氏である。

彼は著書『ソロスの錬金術』に1980年代の自分の投資日記を掲載しており、1985年の原油暴落前のタイミングで彼は日記に次のように書いている。

原油価格の暴落はもはや時間の問題である。いったん下がり始めたら、手がつけられなくなるだろう。

産油国のほとんどが不健全な供給曲線を描いて生産している。原油価格が下がれば下がるほど、自国のニーズを満たすために、より多く売る必要に迫られる。

ちなみにこの投資日記には、原油暴落を的中させたほかにブラックマンデーや日本のバブル崩壊など興味深い話題が含まれているので、投資家には一読の価値がある。ファンドマネージャーの思考がそのまま分かるレアな本である。

現状の原油市場とインフレ

さて、当時は油田の開発などデフレ側に作用する要因があったわけだが、現在はどうだろうか。ポジャール氏は次のように述べている。

現在の状況はその正反対だ。もう10年近く原油や天然ガスには投資が行われていない。ほとんどすべてのコモディティ銘柄について同じことが言える。コモディティを掘ることは環境に悪いからだ。

コロナ後の現金給付がインフレの原因として強烈だったために忘れられがちだが、エネルギー市場にはもう1つ大きなインフレの原因がある。

それは脱炭素政策である。

あまり知られていないが、脱炭素政策はいわゆる再生可能エネルギーを増やすだけでなく、産油企業への融資を規制することによって化石燃料の生産を強制的に止めさせる政策である。

原油が掘れなくなれば原油価格が上がるのは当たり前である。今は金融引き締めによって原油価格も下がっているが、ポジャール氏はそれが長続きするとは考えていない。

ボルカー氏の時代とは逆に、原油価格が暴落するのではなく上がるとすれば、インフレはどうなるだろうか? ポジャール氏は次のように続ける。

現在のFedはポール・ボルカー氏の時ほどに幸運ではない。

原油の需給は引き締まっている。産油企業は採掘するよりも自社株買いに精を出しているから、設備投資が不足している。シェールオイルの供給もピークで、需要は伸びている。減っていない。

原油はここから150ドルまで上がるだろうか? 有り得る。そうなればFedにとってどういう意味を持つか? 何も良いことはない。対応しなければならなくなるからだ。

少なくとも、ボルカー氏の時代に原油暴落がなければインフレはどうなっていたのかを考える必要がありそうだ。


ソロスの錬金術