Citadelのグリフィン氏のトランプ政権に対する発言がアメリカの分断を物語っている

Citadelのケン・グリフィン氏がBloombergでトランプ政権の関税政策について語っているが、グリフィン氏の発言がアメリカのエリート層の低所得階級への理解のなさを物語っているような気がしたので、紹介したい。

トランプ政権と製造業

今年の4月は株式市場にとって波乱の月となった。トランプ政権の関税政策がきっかけとなって、株価は大きく下落した。

トランプ政権が関税を好んでいることにはいくつかの理由がある。税収によって財政赤字を補填することは第一の目的だが、その他に輸入品を減らして国内生産に回帰し、自給率を上げて戦争時の耐性を上げるほかに国内の雇用を増やす目的もある。

トランプ大統領は中国や東南アジアに取られてしまった工場での仕事をアメリカに戻そうとしている。例えばAppleにはiPhoneを国内生産することを要求している。

だが、そうした製造業の仕事が中国などに行った理由は、中国人の給料がアメリカ人よりも安いからである。日本から製造業が消えた理由と同じである。アメリカや日本などでiPhoneを作れば、人件費がかさみ、今のものよりも高額なものになってしまうだろう。

グリフィン氏は次のように述べている。

製造業を海外からアメリカに取り戻すあらゆる試みはインフレを加速させる。そこに疑問の余地はない。

製造業は低スキルの仕事か

グリフィン氏はアメリカに製造業を戻そうとするトランプ政権の考えについて、次のように批判している。

アメリカ人がインフレなどたくさんだと思っていたからトランプ氏が大統領選挙で勝ったというのに。

筆者もこの点には完全に同意する。米国で製造されたiPhoneはどう考えても今のものよりも高額になるだろう。

だが問題は、グリフィン氏が次のように言っていることである。

製造業の低スキルの仕事をアメリカに戻すことがなぜ良いことなのか分からない。

国土防衛の能力を高めるために製造業を強化すべきだという大統領の考えには完全に同意する。まったく正しい。

だがアメリカ人が低スキル低賃金の製造業の仕事をアメリカに戻すことを望んでいるとは思えない。

そしてグリフィン氏は、その代わりにアメリカに増やすべき仕事について次のように述べている。

アメリカ人は、付加価値の高い製品を作れる仕事、工場の中で高所得の仕事を生み出せるような、付加価値の高い製品を作るビジネスを求めていると思う。

アメリカはそういう仕事を国内に作るべきだ。中国でも今やそういう仕事を更に労働コストの低い国に移そうとしているのに、なぜアメリカが今更そんな仕事を必要とするんだ?

製造業への偏見

読者はどう思っただろうか。

まず、製造業の、特に工場での仕事が低賃金だからアメリカから消えたという点には筆者は完全に同意する。世界を見渡せばもっと安く作れる労働者がいたので、工場の仕事は日本やアメリカから姿を消したのである。

それは単なる事実である。だが、工場での仕事が日本やアメリカにまだ存在する他の仕事と比べてとりわけ低スキルだとは思わない。

工場でのiPhoneの製造は、スーパーやコンビニでのレジ打ちのバイトよりも低スキルだろうか。そうした仕事は高スキルだから日本やアメリカに残っているのではない。外国に業務委託できないから日本に残っているのである。日本のコンビニのバイトは、タイにいるタイ人に委託することはできない。日本にいる労働者しかそれができないからである。

グリフィン氏の議論で完全に無視されている事実は、日本やアメリカには工場の仕事よりも低スキルな仕事などいくらでもあって、少なからぬ人々がそうした仕事をしているということである。

世界最高の給与水準を誇る世界最大級のヘッジファンド、Citadelのトップであるグリフィン氏の頭からは、アメリカのエリート層以外の人間が完全に忘れ去られている。

グリフィン氏の同僚はグリフィン氏が選んだ世界最高の人材であり、Citadelに入ってくる新入社員は、世界最高の大学でMBAなどを取得した高給取りである。

彼らのような人物と実際に交友していると分かるが、彼らの頭からは彼らの交友関係に入らないアメリカの人々が完全に消えている。だからiPhoneの製造など「アメリカ人」がやる仕事ではないと考えるのである。

結論

だが実際にはiPhoneの製造よりも低スキルな仕事をして生きているアメリカ人がいくらでもいる。グリフィン氏のこの「リッツカールトンのラウンジでケーキが食べられるのにコンビニのケーキなど誰が欲しがるのか」的発想こそが、アメリカの低所得者層がエリート層と分かり合えず、アメリカの政治が分断されている原因なのである。

今回は、特に経済学的な洞察があるわけではないが、アメリカの政治状況をよく表していると感じるグリフィン氏の発言を取り上げた。

また、同じく世界最大級のヘッジファンド創業者レイ・ダリオ氏が、著書『世界秩序の変化に対処するための原則』などで、これまで他国に委託していた産業を各国が自分でやらなければならなくなることは不可避だと言っていることにも注目したい。

例えばアメリカは半導体チップの中国への輸出を制限しており、中国はそれを自分で開発しようとしている。地政学的リスクが他国を信用できない状況を作り、各国は必要な物資を自分で作らざるを得なくなる。

そしてそれはインフレに繋がる。


世界秩序の変化に対処するための原則