パウエル議長の致命的誤りが株式市場暴落の理由となる

アメリカの中央銀行に相当するFed(連邦準備制度)のパウエル議長がジャクソンホールで講演を行った。現在行われている利上げと量的引き締めというアメリカの金融引き締め政策を擁護する内容であり、引き締めの継続を宣言した。

大変残念ながら、彼の判断は間違っている。パウエル議長が彼の理屈で金融引き締めを続ければ、株式市場は確実に崩壊し、世界経済は不況に陥るだろう。

その根拠は何か? パウエル議長のマクロ経済理論に欠陥があることである。今回の記事では、パウエル議長の主張をジャクソンホールにおける公演から引用した上で、それがどう間違っており、どう危険であるのかをヘッジファンドマネージャーの観点から指摘したいと思う。より具体的には、著名ファンドマネージャーであるジョージ・ソロス氏の「再帰性理論」を用いて、パウエル議長の主張の間違いを指摘してゆく。

パウエル議長のアメリカ経済見通し

政治的にも共和党であり、経済に政府が介入しない「小さな政府」を信じる傾向の強いパウエル議長は、金融危機後の金融緩和から離脱し、金融引き締めを行っていることを正当化する。

経済が堅調になるにつれて、われわれは政策金利を金融危機後のゼロ金利から、徐々に正常な水準へと引き上げてきた。

家計と企業の状況は良く、雇用創出も健全な水準で、賃金は上がり、財政出動も期待できる。経済の堅調さが今後も継続すると信じるに足る理由がある。

もし賃金や雇用の高成長がこのまま続くのであれば、政策金利の更なる引き上げが適切になるだろう。

この理屈は明確に、そして完全に間違っているのだが、読者には何が間違っているかがお分かりだろうか?

これは非常に「模範的」な考え方である。多くの中央銀行家はこの理論を「普通の考え方」だと思うだろう。しかし、そもそも中央銀行の常識が完全に間違っているとすればどうだろうか?

例えば、2008年を考えてみてもらいたい。リーマンショック直前まで、世界経済は非常に良い状態にあった。2008年に限らず、バブル崩壊の直前とは経済も金融市場も非常に好調となるのが普通である。経済指標だけを見ていれば、金融引き締めの手を緩める必要性など無いということになるだろう。しかし、それでも金融危機は起き、中央銀行は事後的に緩和に転じることを余儀なくされるのである。

実体経済は実体経済だけでは決まらない

では、何が問題なのか? パウエル議長の発言に代表される中央銀行の常識の致命的な欠陥とは、実体経済を予測するために実体経済だけを見ていては完全に不十分だということである。

リーマンショックでは、実体経済は好調だったにもかかわらず、金融市場におけるショックが世界経済から資金の流出を引き起こし、実体経済から資金が引き上げられたため、結果として実体経済が景気後退に陥ることとなった。こうしたケースにおいて実体経済の減退は最初に起こるのではなく、一番最後なのである。

著名ファンドマネージャーのジョージ・ソロス氏は、経済主体が経済を動かす要素として以下の2つのものを挙げている。

  • 関与機能
  • 認知機能

関与機能とは、実際に経済主体、つまり企業や消費者が経済活動を行うことである。例えば、ものを作ったり、売ったり、あるいは買ったりすることである。

一方、認知機能とはそうした経済活動を認識する能力のことである。消費者や企業、そして中央銀行などが、上記の経済活動をどのように見ているか、ということである。

経済においては、この認知機能が実務的な役割を果たしている。金融市場である。金融市場では、人々が経済や企業に強気か、弱気かということが、数字となって現れるのである。株価や債券価格、金利などである。

問題は、認知機能によって現れるこの数字が、実体経済に関与するということである。株価が上がれば、企業は株式市場で資金を集めやすくなるだろう。債券価格が上がり、金利が下がれば、借り入れによる資金調達が簡単になるだろう。逆に、資産価格が下落すれば、企業の借り入れや家計のローンなどが厳しい状態に陥るというわけである。

実際に、リーマンショックでは金融市場の問題が実体経済に影響を及ぼし、結果として実体経済は深刻な景気後退に陥った。必ずしも実体経済が悪いから金融市場が崩壊するわけではないのである。

このように、実際の経済においては関与機能(実体経済)と認知機能(金融市場)が相互に影響を及ぼし合っている。これがジョージ・ソロス氏の再帰理論である。彼の著書『ソロスの錬金術』で実例を用いて詳しく説明されている。当然、ここの読者は再帰理論について良く知っているものと思いたい。投資家にとって必読だからである。

結論

さて、ここまで説明すれば、パウエル議長の議論の何が間違っているか、読者にも分かったのではないだろうか。

パウエル議長の議論では、実体経済の数字しか挙げられていない。彼の挙げる数字は、インフレ率、失業率、経済成長率などの数字であり、金融市場に関する数字は一切出てこない。

しかし、このスタンスは現在の世界経済の状況にとって致命的な誤りとなる可能性がある。何故ならば、アメリカの金融引き締めで先に音を上げるのは、恐らく実体経済ではなく金融市場だからである。以下の記事を参照してもらいたい。

そうなれば、金融市場が先にダメージを受け、その影響が実体経済に及ぶことになる。この順序の場合、パウエル議長のように実体経済の数字だけを考えていれば、それらの数字が悪化するのは一番最後ということになり、完全に手遅れとなってしまうだろう。

こうした見方は、著名ファンドマネージャーではむしろ当たり前の見方だが、それを中央銀行が学ぶ可能性は限りなく低いだろう。

世界経済の問題は、中央銀行に優秀な人材が行かないということである。彼らのマクロ経済学はもう何十年もの間時代遅れのままであり、彼らの知識水準が第一線のヘッジファンドマネージャーの水準に追いつくことはない。

何故ならば、Fedの議長とヘッジファンド運用者では報酬の水準の桁が違うからである。ヘッジファンドが運用出来るのに、Fedの議長となる人物は居ない。

ただ、それを批判したところで現実は変わらず、中央銀行は間違えるということになる。投資家は、この状況に淡々と対処する必要がある。わたしの相場観は、既に説明している通りである。

市場崩壊とはいえ、すべてのものが同時に下落するわけではない。例えば米国株の下落は一番最後だろう。したがってどの市場に手を付けるかということが重要なのである。

新版 ソロスの錬金術