米国が利上げを急ぐ理由: バブル崩壊後の相場に向けた利上げ競争はもう始まっている

利上げとは、自国の経済の状況に照らして中央銀行が自分の裁量で決められるものと思われがちだが、実際はそうではない。他の中央銀行の状況によって大きく左右されるのである。

事実、Fed(連邦準備制度)は利上げの必要性に迫られており、米国が株式市場や債券市場の暴落を望まない限り、実際のところFedに選択肢はない。そして中央銀行に選択肢がない状況とは、投資家が中央銀行の動きを予想できる状況であり、グローバル・マクロ戦略にとって格好の投資機会なのである。

ドル高についてはこれまで、ドル高が行き過ぎればFedは利上げを止めるどころか量的緩和を再開することもできると書いてきたが、債券投資家のグロス氏などが主張するように、どうやらFedは量的緩和の危険性に気付いているようであり、しかもその副作用を最小限に押さえるため、随分前から準備をしてきたようである。

Fedは何を一番恐れているのか?

量的緩和の危険性とは、以下の記事で書いてきた通り、ポートフォリオ・リバランスの逆流である。低金利のために債券市場から株式市場に流れ込んだ資金が、利上げによって逆向きに動き出すことである。

つまりは、通常の相場では株が上がれば債券は下がり、株が下がれば債券は上がっていたものが、最近の相場では量的緩和によって株高・債券高が両立されていた。しかしこのトレンドが逆に動くことによって、株安・債券安という一番望ましくない状況へ向かうということである。

Fedがこのシナリオを気にして利上げを急いでいたということは、公のコメントには一切出ていない。表向きには、債券安を警戒して極端な利上げをしないのだという観測が主流である。

しかし最近の利上げへの強気発言で、物価も上がっていないのに何故それほどにタカ派なのかとふと疑問に思い、米国の過去のコメントを思い返してみれば、ポートフォリオ・リバランスの逆流を彼らはずっと恐れていたのではないかと思い至った次第である。

他国に量的緩和を薦めた米国

このシナリオが正しければ、Fedは債券安を恐れているから利上げをするという、逆の推測が成り立つことになる。先ず第一に思い出されるのは、米国が日銀とECB(欧州中央銀行)に量的緩和を推奨していた事実である。

米国の自動車業界が早くから円安・ユーロ安に懸念を表明していたにもかかわらず、ルー財務長官は「強いドルは国益」との立場を繰り返し表明し、日欧の量的緩和の妨げにならないよう配慮をしていた。

これは単純に世界経済の景気減退を懸念していたのではなく、日欧の量的緩和によって世界的な低金利が保たれるよう配慮していたのである。

事実、ユーロ圏の金利が低く保たれていることによって、米国の長期金利は量的緩和を終了した後もそれほど上がっていない。スペイン国債が米国債より大幅に信頼されている状況は合理的ではないからである。

債券が買われている間は、株式市場も暴落することはない。急落はするかもしれないが、その時も債券が買われていれば、いずれ反発するということである。問題は両方が落ちるときである。

世界的な量的緩和終了後

世界的な量的緩和が終わり、債券と株式の両方が下落するときに一番強い立場にあるのは、一番利上げが進んでいる国である。利下げ余地が一番大きい上に、量的緩和の再開も行えるからである。

一方で、量的緩和の終了が一番遅かった国は、利上げを行っていない以上利下げを行うことができず、緩和の選択肢は量的緩和の再開しかない。最後の国の量的緩和に出口は存在しない。米国は少なくともこの立ち位置に立ちたくないのである。

したがって米国の利上げへの意欲は非常に強く、それは一定のドル高やある程度の市場の急落を受け入れてでもFedが利上げを行う可能性が高いことを意味する。ドル高は長期的なトレンドであり、これは金利が過度に上昇しない限り続くだろう。

これは逆に、金利が低ければ米国は利上げを躊躇わないということでもある。Fedが気にしているのは、表向きに言われるように経済指標ではなく、恐らくは長期金利である。

日銀とECB

一方で、量的緩和を一番最後に止めることになりそうなのは日本である。ユーロ圏は少なくとも緩和を一旦停止して様子を見ることはできるだろうが、日本はそうではない。両者の先行きについては、既に記事にしている通りである。

日本は要するに、米国に良いように使われたのである。これは以下の記事で説明した英国とドイツの関係に近い。日本の外交感覚の欠落は、ドイツに匹敵するものがある。これも世界大戦の頃から変わっていない。外交音痴の日本とドイツが組んだ時点で、世界大戦の敗北は決まっていたのである。

結論

以上のように、これまで各国の中央銀行は自由に量的緩和を行い、自由に出口戦略を考えてきたが、これからは外部要因に迫られて金融政策を考えることになる。

これは投資家が外部要因から中銀の行動を予測できるということであり、ソロス氏がポンドの空売りを成功させた1992年のポンド危機や、以下の記事で説明したブラックマンデーの時の相場に近づいているということである。ブラックマンデーにおいては、ドイツが利上げを急いだことによって市場が崩壊した。今回その立場にあるのはFedである。

中央銀行の後追いをしていれば利益が出る量的緩和相場は既に終わり、ここからは中央銀行の動きを読んでいかなければならない相場である。各国中銀の協調は、まだ崩壊していない。ただ、まだ崩壊していないだけである。