引き続き、The Solid Ground Newsletterのラッセル・ネイピア氏の、Making Money Podcastによるインタビューである。
今回はアメリカからの資金流出と米国株の動向予想について述べている部分を取り上げたい。
米国株は割高か
ネイピア氏は前回の記事で、多くの個人投資家が市場平均に勝てない理由は、株価が上がっていると人から聞いて株価の高い時に参入するからだと述べていた。仮にインデックスを買ったとしても、参入する時期が間違っていれば株式の平均的なリターンは得られない。
さて、「株価が上がっている」という理由で株式投資に参入する人が増えているが、ネイピア氏には今の株式市場はどのように見えているのか。
今の株式市場は過大評価されているかと聞かれ、ネイピア氏は次のように答えている。
そう思う。特に米国株はひどく過大評価されており、アメリカから資金が流出していることも悪材料になる。
ネイピア氏は米国株が過大評価されていると考えている。それは去年の末には既にデイヴィッド・ローゼンバーグ氏が指摘していたことである。
米国株が割高であることは、筆者の意見では4月の株安の一番の原因である。関税ではない。割高な市場は何か口実を見つけて下落する。4月にはそれが起こったのである。
そして結局米国株はまた年末と同じような水準に戻っている。
アメリカからの資金流出
しかしネイピア氏が懸念する一番の理由はそこではない。ネイピア氏はアメリカからの資金流出の方を大きく懸念している。
ネイピア氏は次のように述べている。
トランプ以前でもその問題はあったが、トランプ大統領は貿易に関して他国を叩きすぎた。
彼は「貿易戦争にはいつも勝つ」と言うかもしれない。それはそうかもしれない。
だが、外国人が61.5兆ドルのドル建て資産を保有していることを思い出すべきだ。
61.5兆ドルはアメリカのGDPの209%だ。
ドナルド・トランプ氏が、アメリカが外国人をどう扱うかについて不確実性を生み出したとき、何故彼らがドル資産を売らないだろうか?
トランプ氏の戦略の問題点は、筆者の意見では、短期的な勝利を取って長期的な利益を軽視している点である。
相手に対して強く出ることで利益を得る戦略は、短期的には自分を利するかもしれないが、長期的にはビジネスパートナーは自分から距離を置く選択をするだろう。
今やアメリカはビジネスの相手として信頼できない国となっている。Bridgewaterのレイ・ダリオ氏が次のように言っていたことを思い出したい。
関税に関する交渉が進み、詳細が熟考されるにしたがって関税のもたらした混乱は収まると信じている人もいるようだが、関税の問題に対応しなければならない多くの企業は、それはもはや手遅れだと言っているし、そうした企業の数は増えている。
例えば、アメリカに向けて輸出する企業やアメリカと取引する他国の輸入業者は、アメリカとの取引を大幅に減らさなければならないと言っている。
関税がどうなるにせよこうした問題は結局なくならず、アメリカとの相互依存を大きく減らすことは計画しておかなければならない現実だと、彼らは認識しているからだ。
悪意をもって交渉のために急に取引を減らそうとする取引相手は、普通の企業にとってはまともな取引相手にはならない。
しかしトランプ大統領にとっての問題は、アメリカの貿易の減少が世界中のドル資産の売却に繋がることである。世界中の企業がドルを蓄えていたのは、アメリカと貿易するためだからである。
外国人のドル資産売り
それこそが覇権国家アメリカのビジネスだった。誰もがアメリカとビジネスするためにドルを預金してきた。ドルはそうして基軸通貨となった。
ネイピア氏は次のように述べている。
トランプ氏は状況を過小評価している。米国債の33%は外国人によって保有されている。米国財務省のデータによれば、アメリカの社債の40%、米国株の17%が外国人によって保有されている。
その資産は流出してゆくだろう。
この状況で、トランプ氏は外国企業が「アメリカとの貿易は減らした方が安全だ」と思うような状況を作り出してしまった。
しかもネイピア氏によれば、アメリカ以外の先進国はこうした資産を丁度自国のために使いたいと思っているという。
特にヨーロッパは、トランプ氏がウクライナから手を引きたがっているため、自分で防衛能力を高める必要性に追われている。
自国の防衛産業への投資が、今年欧州株が米国株よりもパフォーマンスが良い原因である。
だが防衛費の増額には当たり前だが資金が必要である。ネイピア氏は次のように述べている。
イギリスやフランスやドイツが自国を増強するために国外の資産を国内に呼び戻そうとすれば、どの資産がまず対象になるだろうか? 国外資産の中でもすぐに売れるもの、つまりそれは米国債とS&P 500だ。
日本とドイツ
アメリカに投資していた国が自国に資金を振り分ける。トランプ氏の貿易政策は、そういう状況に格好の口実を与えてしまったことになる。
そしてこの状況でもっとも重要な2国が、ネイピア氏によれば日本とドイツだという。
ネイピア氏は次のように続けている。
先進国は資金不足だ。日本もそうだ。
この問題で重要なのは日本とドイツだ。これらの国は大きな国外資産を持っているが、両国ともそれを国内に呼び戻す必要に迫られている。
ドイツは国内への投資に、日本は為替レートを維持するためにだ。
ドイツは、ユーロ圏最大の経済大国として自国防衛のための支出を増やすことを迫られている。それがドイツ株を押し上げているが、当然その行為には資金が必要である。
そして日本では円安が問題になっている。日銀の緩和政策が円安の原因なのだから、金利を上げれば円安は解決するのだが、30年物日本国債の下落が止まらない状況でなかなか緩和が止められない状況に追い込まれている。
しかし日本には金融政策を変えずに為替レートを円高にする絶好の方法がある。日本人が保有している大量の外貨建て資産を日本円に換金させるのである。
「日本人が日本政府の都合で海外資産を売るだろうか」と考える読者もあるだろうが、そういうことではない。ネイピア氏は以前先進国が資本統制を行う可能性を指摘し、次のように述べていた。
金利が急騰すれば、政府は資金調達が困難になる。民間がお金を借りる時は国債以上の金利を支払わなければならなくなるので、民間でも債務危機が起こる。
そうして銀行などに国債を買い取らせる。それは実質的には海外からの資金引き揚げだ。
わたしは国民に国債の買いを強要することを資本統制の一種だと考える。何故ならば、代わりに何を売らせるかと言えば、それは常に国外資産だからだ。
結論
少なくとも日本はかなりこのシナリオに近づいている。30年物国債の下落を日本はどうするのか。
ヨーロッパもお金が必要である。これまでのように、外貨をそのまま寝かしておくような贅沢はできなくなる。現金を確保するために何を売るのか? ネイピア氏は次のように述べている。
彼らが何を売るか? アメリカだ。
貿易相手のことを考えないアメリカの振る舞いと、その他の先進国が資金に困り始めたことは、両方ともドル資産からの資金逃避の土台となっているが、これらは偶然同じ時期に起こったわけではない。
レイ・ダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』に書いてあったではないか。先進国が衰退するとき、各国は自国の都合でいっぱいになり、覇権国家への資金流入が資金流出へと逆転する。
ダリオ氏が書いている通り、大英帝国の時もオランダ海上帝国の時もそうだったのである。
ドル資産からの資金流出が始まっている。それでゴールドに資金が流れているのである。