ジム・ロジャーズ氏: ドルは1976年のポンド暴落の二の舞に

ジョージ・ソロス氏とともにクォンタム・ファンドを立ち上げたことで有名な投資家のジム・ロジャーズ氏が、Wealthionのインタビューで基軸通貨ドルの先行きを大英帝国のポンドと比較して議論している。

基軸通貨の歴史

1944年のブレトン・ウッズ協定以来、アメリカの通貨ドルは基軸通貨となり続けてきた。貿易ではドルが使われ、世界中の中央銀行が外貨準備としてドルを保有してきた。

現代人のほとんどはブレトン・ウッズ以後の世界しか生きていないので、それが永遠に続くかのように思いがちだ。だが少し前まで人はデフレが永遠に続くかのように考えていたことを思い出したい。実際にはデフレは紙幣印刷開始から15年も保たなかった。

ドルの運命も同じようなものである。歴史を振り返れば、基軸通貨は常に没落してきたし、その寿命は精々100年程度である。

その運命はドルにもいずれ来る。単に時間の問題なのである。それでレイ・ダリオ氏はドルの前に基軸通貨だった大英帝国のポンドやオランダ海上帝国のギルダーがどう衰退したのかについて研究していた。

このダリオ氏の記事は1967年のポンド切り下げまでを大英帝国の没落としている。だがこの話には続きがある。イギリスはその後、実質的に財政破綻しているのである。

1976年ポンド危機

それは1976年のポンド危機である。(これはジョージ・ソロス氏が空売りしたことで有名な1992年のポンド危機とは異なる。)

ロジャーズ氏は次のように言っている。

1976年にイギリスが破綻した時のことをよく覚えている。夜のニュース番組はそれでもちきりだった。

イギリスは破産し、IMFはイギリスを救済しなければならなかった。競争相手が誰もいなかった大英帝国が、最後には倒産した。

1970年代は物価高騰の時代であり、原因となったのは1971年にニクソン大統領がドルとゴールドの交換を停止したいわゆるニクソンショックである。

これでアメリカは保管しているゴールドの量にかかわらずドルを印刷できるようになった。

紙幣とはもともとゴールドと交換できるゴールドの預かり証だった。中央銀行は代わりにゴールドを預かっていたはずなのだが、そのゴールドはいつの間にか消え失せていた。何処に行ったのだろう。これは年金と同じ構図であり、政府の常套手段なのである。

そして当時も、今とまったく同じように、自由な紙幣印刷からそれほど経たないうちに物価高騰が始まった。この1970年代の物価高騰はアメリカの経済危機として語られがちだが、実はイギリスはアメリカより酷い状態にあった。

英国病

それは第1次世界大戦頃まで何とか覇権国の地位を保ち、戦後はアメリカに完全に取って代わられた大英帝国の最期であったと言えるだろう。

かつて世界に君臨した大英帝国の経済は、1970年代には悲惨な状況にあった。当時のイギリスの経済不振は有名であり、英国病と呼ばれていた。

英国病とは何か? 当時のイギリスでは「ゆりかごから墓場まで」と言われた社会福祉のコストの増大によって経済成長率は蝕まれ、しかも立ち行かなくなった企業を手当り次第に政府が国営化したため、ゾンビ企業は国営企業という形で延命されていた。

その根底にあったのは財政支出を善とするケインズ経済学である。だが同時代の天才経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏は、ケインズについて「偉大な知性の持ち主だが経済については限られた知識しかなかった」と評していた。以前紹介した彼の見解は次の通りである。

現在の通貨の問題の主な原因は、当然ながらケインズとその弟子が、支出の総額増やせば繁栄と完全雇用を長期的に約束できるという古い迷信に科学的権威を与えたと思い込んでいることにある。

だがこうした正しい意見は正しいゆえにコンセンサスになることがない。多くの人間は正しい意見をそもそも理解できないからである。彼らの頭はそのようには出来ておらず、ケインズの迷信は未だに世界経済を支配している。

こうした当時のイギリスの状況は、年金と医療費によって若者世代から老年世代に資金が移転され、中央銀行が大量の株式を買収し、政府によってゾンビ企業が延命されている今の状況と似ていないだろうか?

18世紀に始まった産業革命以来先進国として君臨し続けてきたイギリスは、日本やアメリカよりも先に先進国経済の没落を経験していたのである。

その最中にやってきた1970年代の世界的なインフレでイギリスはどうなったか? 1975年には24%まで上がったイギリスのインフレ率を、経済の弱体化のために17%までしか金利を上げられなかったイギリスは抑えることが出来ず、マイナス7%にも及ぶ差し引きの実質金利によってポンドは暴落していった。今のトルコと同じ状態である。

だから通貨が暴落するかどうかは、先進国か途上国かに関係することではない。すべては実質金利である。当時のポンドドルのチャート(下方向がポンド安ドル高)は次のようになっている。

これはドルに対するポンドの減価だが、この時期物価高騰でドルの価値も暴落していたことを考慮したい。どの通貨も現物資産に対して暴落していたのであり、2020年代も同じようになるだろう。

結論

この後どうなったかと言えば、イギリスはポンドの買い支えのための為替介入を行なったが外貨準備を使い尽くし、IMFはイギリスを救済しなければならなくなる。これが1976年のポンド危機である。

ロジャーズ氏はこれを基軸通貨の運命として紹介しており、いずれドルも同じようにならざるを得ないと考えているのだろう。彼はこう纏めている。

基軸通貨の没落はこれまでにも起こったことであり、起こる可能性のあることであり、そしてこれからも起こり続けるだろう。

しかし先進国が没落する姿はどれもよく似ている。増税と財政支出を行う大きな政府、紙幣印刷からの物価高騰、そして世代間の搾取である。

だがインフレによってケインズ経済学は終わった。ここからはハイエク氏の言う通貨同士の競争の時間である。ドルは暴落し、ポンドは暴落し、円は暴落する。

通貨を買い支えなければならなくなった日本はその状況に少し近づいている。だが短期的にはドル円は安泰である。筆者は以下の10月の記事をもってドルの暴落も始まったものとみなしているからである。

ほかの通貨も暴落するのでドル建て金価格の上昇に賭けている。1971年に紙幣が何の現物資産とも交換できない正真正銘の紙切れになったことに、人々はようやく気付き始めるだろう。頭の回転の早いことである。