ユーロ圏内のインフレ率乖離でユーロ危機再発を予想、一部加盟国はハイパーインフレへ

日本ではインフレが悪化しているが、先にインフレになっていたアメリカやヨーロッパでは高騰したインフレ率の減速が始まっている。

以前にも説明した通り、インフレの本当の問題はインフレ減速時の大規模な景気後退であり、欧米はシナリオに足を踏み入れかけているが、ここでまた共通通貨ユーロの問題が再発するだろう。

インフレ減速時の景気後退

ウクライナ情勢ではなくアメリカでコロナ後に行われた未曾有の現金給付が引き起こした世界的なインフレは、その後行われた金融引き締め政策によって減速が始まっている。

しかし20世紀の大経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏によれば、インフレ減速時の不況と大量失業は経済学的に不可避である。

それは1970年代の物価高騰の後にアメリカで実際に起こったことである。

1970年代のインフレも、2022年のインフレも、経済ニュースではアメリカ中心で語られがちである。しかし2008年のリーマンショック後の不況で倒れたのが2010年に債務危機に陥ったアイルランドだったように、経済危機はメインストリーム以外のところから始まることが多く、マクロの投資家としてはそういう場所に投資の機会があることを見逃すことは出来ない。

そして今回のコロナ危機でもやはりユーロ圏から問題が生じると筆者は予想している。

共通通貨ユーロの問題

そもそも2010年から始まったアイルランドやギリシャなどのユーロ圏の債務危機問題は何故起こったのか。その原因が何かを知っている人間ならば、その原因がいまだ取り除かれていないことを知っている。そしてその根本的原因とは共通通貨ユーロである。

この共通通貨の欠陥は、実はユーロ導入当初から指摘されていた。ヨーロッパとひとくくりに言うものの、実際には経済状況も国民性もまったく違う多くの国の集合体である。

そして通貨が同じであるということは、為替レートも金融政策も同じであるということである。つまり、世界有数の大国であるドイツと、観光などでようやく食べていける小国ギリシャが、同じ金融政策を共有することになる。

その問題が2008年のリーマンショック以後に表面化した。金融危機のあと、破綻したアイルランドやギリシャ、経済の弱かったイタリア・スペイン・ポルトガルなどの南欧諸国は、金融緩和を必要としていた。

一方でユーロ圏の中央銀行である欧州中央銀行は伝統的にユーロ圏第一の経済大国ドイツによって支配されていた。

結果、ユーロ圏の経済政策は、経済の弱いギリシャやアイルランドではなく、経済の強いドイツの望むものが実行されていた。ユーロの為替レートも元々ドイツの通貨だったドイツマルクの強さに近いものとなっていた。

結果どうなったか? 南欧諸国は自分たちにとっては高過ぎる為替レートを押し付けられたため、輸出産業は急速に衰退していった。自国の製品の価格が海外から見て高くため、輸出品が売れなくなる。外国人のもたらす外貨で食べていたギリシャにとっても致命的な状況となった。

結果、ギリシャやイタリアやポルトガルなどは莫大な貿易赤字を計上するようになり、特にギリシャは破綻寸前まで行った。一方で南欧諸国を自国通貨に取り込んだに等しいドイツにとってはユーロの為替レートは安くなったため、ドイツの貿易黒字は急速に膨らんでいった。

当時の各国の貿易収支のチャートが以下の記事に載っているので参考にしてもらいたい。

要するに、ヨーロッパはギリシャやイタリアやドイツなど、経済状況がまったく異なる国が集まっていながら、共通通貨ユーロのために同じ為替レートや金融政策を共有しなければならないという状況が10年前のユーロ圏債務危機を引き起こした。

多くの人は当時のことなど過去の話だと思っているだろう。だがはっきり言っておく。ユーロ危機はまだ終わっていない。何故ならば、問題の根源であった共通通貨ユーロはまだ存在しているからである。

ユーロ危機は終わっていない

共通通貨ユーロは、インフレが減速した後の景気後退フェイズにおいて再び経済危機を引き起こすだろう。

テーマはやはりインフレ率である。まずはアメリカの例を挙げておきたいが、アメリカのインフレ率は来年5%程度まで下がるというのが専門家の予想平均であり、インフレを抑えるために上げられる政策金利も、同じくらいまで上がると予想されている。

同じように、ユーロ圏でもまずインフレ率がどの辺りで収まるかを考えた上で、それに合わせて金利を上げなければ、インフレを抑えることは出来ない。

ではまずユーロ圏のインフレ率を考えなければならないが、ユーロ加盟国のインフレ率(10月時点)を並べると次のようになる。

  • リトアニア: 23.6%
  • エストニア: 22.5%
  • ラトビア: 21.8%
  • スロバキア: 14.9%
  • オランダ: 14.3%
  • イタリア: 11.8%
  • オーストリア: 11.0%
  • ベルギー: 10.6%
  • ユーロ圏全体: 10.6%
  • ドイツ: 10.4%
  • ポルトガル: 10.1%
  • スロベニア: 9.9%
  • アイルランド: 9.2%
  • ギリシャ: 9.1%
  • キプロス: 8.8%
  • フィンランド: 8.3%
  • マルタ: 7.4%
  • スペイン: 7.3%
  • ルクセンブルク: 6.9%
  • フランス: 6.2%

この状態で政策金利をどうすれば良いというのか。自分が中央銀行家なら笑うしかないだろう。

フランスに合わせて金利を6%にすれば、リトアニアにとっては低金利でハイパーインフレになり、リトアニアに合わせて23%にすれば他の国の経済は高金利で死ぬだろう。もうどうしようもない。

ユーロ圏内の物価高騰と恐慌は避けられない

ユーロ圏の政策金利は現在2%程度であり、3%台まで上げられることは予想されているが、間違いなくそれ以上に上げなければインフレは収まらないだろう。

かといって10%まで上げればフランスにとっては高金利となる。

この状況でECB(欧州中央銀行)は恐らく、金利を高くし過ぎて経済を殺すよりは、金利をインフレ率の平均よりは低く保ってオランダやリトアニアなどのハイパーインフレを許容しなければならなくなるだろう。

一方で、インフレ率が低いために高過ぎる金利を享受することになる国はかなり深い景気後退を余儀なくされる。フランスが6%のインフレ率で10%の金利を享受することは、日本が3%のインフレ率で7%の金利を享受することに等しい。

この状況で投資家に出来ることは数多くある。筆者がずっとやっているのは、ユーロをスイスフランに対して空売りすることである。ユーロスイスフランのチャート(下方向がユーロ安スイスフラン高)は以下のようになっている。

ちなみに富裕層の国スイスのインフレ率は3%に保たれている。

だがオランダのハイパーインフレを予想するにしても、フランスの景気後退を予想するにしても、出来ることは数多くある。

そしてそもそもいくつかの加盟国はユーロを離脱しなければならない状況に追い込まれるのではないか。インフレ危機はアメリカでもこれからが本番だが、やはりユーロ圏がその一番の舞台であると主張しておこう。経済危機はこれからである。