投資銀行がインサイダー情報をトレーダーに横流しする方法

機関投資家と言えばどのようなイメージがあるだろうか? 個人投資家よりも資金が豊富であり、金融に関する専門的な知識を持ち、相場に関する情報収集能力に優れているといった印象があるかもしれない。

確かに多くの金融のプロは、多くの個人投資家よりも深い知識を持っているかもしれない。何十年も金融を仕事にしていれば、個人投資家よりも相場に詳しくはなるだろう。

しかし彼らの多くは、個人投資家とは一線を画した、特別秀でた存在という訳ではない。ゴールドマン・サックスが100年以上続いていることを考えてほしい。その間人材は絶えず入れ替わってきたのであり、それは逆に言えば、替えが利く人材を採用し続けても成り立つビジネスであるということである。ソロス・ファンド・マネジメントはソロス氏がいなければ成り立たないだろうが、投資銀行は中身の投資銀行家を入れ替えても存続する。つまり、そこには特別な才能がなくとも仕事が成り立つようにできる仕組みがあるということである。

投資銀行の情報量

今回はそうした仕組みの一例として、投資銀行の情報収集の仕組みを取り上げたい。投資銀行のトレーダーは個人投資家がアクセスできないような情報をもとにトレードしているのではないか? 答えはイエスである。しかもそれはしばしば法律に抵触する方法で行われる。

丁度良い例として、2016年4月に日本の金融庁が行ったクレディ・スイスに対する行政処分を取り上げてみよう。

先ず説明しておきたいのは、投資銀行には様々な部署があるということである。顧客向けに市場調査を行い、レポートを出すアナリストもいれば、機関投資家などの顧客に株式を売る営業部門もある。他にもM&Aなどを取り扱う部門などもあり、様々な職種の銀行家が同じ会社で働いているのである。

クレディ・スイスの例で問題となったのは、アナリストが上場企業に対する取材などで手に入れた情報のうち、横流ししてはならない未公開の情報(法律用語で法人関係情報という)が顧客に横流しされていたことである。

より具体的には、ある企業の業績予想に関する情報を公開前に入手して、その情報をもとにその企業の株を業績予想公開前に購入するよう顧客に指示していたという。

何故それが可能だったか?

こうした事態が何故起こったかと言えば、先ず投資銀行のアナリストが非公開情報を得やすい立場にあるからである。投資銀行のアナリストは顧客にレポートを配布する以外に、株式に関する買い推奨、売り推奨などを公開しており、企業の立場としてはアナリストらに株価にとってポジティブな評価を公開してもらいたい一心で、通常教えない情報を懇意のアナリストには教えるということがある。

そしてアナリストはそうした情報を銀行内に持ち帰るわけだが、銀行内には顧客に株の購入を勧める営業部門がある。そこで非公開の情報を餌にすれば、顧客に株式を売り付けやすいということである。

クレディ・スイスの名誉のために付け加えておくが、「法人関連情報」は必ずしもインサイダー情報ではなく、今回のケースでもインサイダー取引が問題となったわけではない。しかし投資銀行がインサイダー情報を取得し、横流しすることが可能な立場にあることは、例えばヘッジファンドと比較すれば明らかである。

ヘッジファンドにもアナリストは居る。ファンドマネージャーのために雇われたアナリストであり、ヘッジファンド内のアナリストはファンドマネージャーの取引のために必要な市場調査を行うことを仕事としている。

しかしヘッジファンドのアナリストは、投資銀行のアナリストのような企業に対する利害関係を持ってはいない。企業が投資銀行のアナリストを優遇するのは、彼らに良い情報を流せばレポートや買い推奨などを通じて株価が上昇するからであり、逆に言えばヘッジファンドのアナリストに情報を流しても、買い手となるのは基本的にはそのヘッジファンド一社だけだからである。

というわけで、投資銀行が様々な業務を行うことには理由があり、そしてまともな理由ではないということが分かっていただけたと思う。前回の記事に書いた文章を引用して締めとしよう。

われわれバイサイドから見れば、金融における大抵の悪はセルサイドである投資銀行の仕業であり、より皮肉的に言えば、市場で真っ向勝負して正当に利益を得られるヘッジファンドマネージャーはそもそもあくどい方法を用いる必要がなく、一方で能力の劣る投資銀行家たちは、顧客を欺いたりインサイダー情報を用いたりしながらでなければ生業が成り立たないのである。

結論

金融は虚業の多い業界である。身近なところでは、何も知らない高齢者に法外な手数料の投資信託を売り付ける都市銀行に始まり、2008年のサブプライムローン危機では、シティバンクなど一般顧客の預金も取り扱う投資銀行がリスクの高いデリバティブで大きな損失を出し、公的資金の救済が必要な事態となったことが問題となった。実質的に投資銀行のトレーダーが公的資金でギャンブルをしていたようなものである。

ヘッジファンドは自由でいい。投資銀行家のように品のない小細工を用いることなく、純粋な市場参加者として正々堂々と取引していれば良いからである。社内政治に煩わされることもなければ、景気の浮き沈みに左右されることもない。気分良く正当な報酬が手に入るのであれば、下らない小細工を弄して端金を稼ぐ人生を送る必要などないではないか。彼らに一度そう聞いてみたいものである。