サマーズ氏: ドルに代わって基軸通貨になれるものがあるか

アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が、Bloombergのインタビューでドルが基軸通貨の地位を失うかどうかについて語っている。

対ロシア制裁と基軸通貨ドル

多くの人が第2次世界大戦以来世界の基軸通貨であり続けているドルの地位を危ぶんでいる。アメリカとロシアの戦争に巻き込まれないために、ロシアに対する経済制裁に加わらない国をアメリカが経済制裁を盾に脅そうとしているからである。

Bridgewater創業者のレイ・ダリオ氏は次のように述べていた。

アメリカの最大の武器は、軍事力を除けば、経済制裁だ。経済制裁とは資産を凍結することだ。例えば債券だ。

ロシアにそれが起きた。そして中国のような他の国にも同じことが起きるリスクがある。

だから他の国々は考えている。アメリカの債券を保有していれば、同じことが自分にも起きるのではないか。

それで多くの国が既にドルの保有を減らしている。

勿論、数ヶ月や数年でドルが基軸通貨から滑り落ちるわけではない。だが、アメリカのインフレ率下落にともなうドル安が少なくともその始まりになるのではないかと筆者は考えている。

ドルに関するサマーズ氏の見解

サマーズ氏はダリオ氏とも知り合いであり、以前この話題についてダリオ氏と対談したこともある。

だからサマーズ氏はダリオ氏による大英帝国やオランダ海上帝国の通貨についての研究も知っているはずだ。ダリオ氏によれば、基軸通貨の寿命は大体100年前後であり、基軸通貨は紙幣印刷によって暴落する。

それを踏まえてサマーズ氏は次のように言う。

歴史から学べることは明らかだと思う。ドルは基軸通貨の地位を失うかもしれない。だが実際にそうなった時点では、ドルが基軸通貨かどうかは取るに足らない問題になっているだろう。

何故そう言えるのか。サマーズ氏は次のように続ける。

何故ならば、ドルが基軸通貨の地位を失うならば、アメリカが世界でもはや尊敬されず、力ある国ではなくなっていることによってだろうからだ。あるいはどうしようもない負債を積み上げたことによってだろうからだ。

その時にはドルが基軸通貨かどうかよりも対処すべき問題が山積みになっているだろうということである。

だからサマーズ氏は、中国など他の国との競争を競争を考えるよりも、アメリカ人は自分の国を良くすることに集中するべきだと主張し、次のように述べている。

アメリカが正しいことをすべて行なって、覇権国であり続けているのに、人々がドルだけを排除しようとして基軸通貨の地位を失うことはないはずだ。

人民元は基軸通貨になれるか

それに問題は、ドルが基軸通貨でなくなれば何が基軸通貨になるのかということだ。サマーズ氏は次のように言う。

それにドルの代わりに何処に行くのだろう? 本当に人民元で大量の資金を保有するのだろうか? 中国ほどに人々が規制に反して国外に資金を持ち出そうとしている国は見たことがない。

中国は本当に人々が大量の資金を保管しておきたいと思う場所だろうか? 疑問だと言わざるを得ない。

国際的な慣習として、アメリカとは関係のない国々の貿易であってもドルが使われていたものが、アメリカによるドルの武器化を受け中国やサウジアラビアなどの国々は原油などのドル決済を自国通貨での決済に置き換えようとしてはいる。

だが中国人が人民元を使い、サウジアラビア人がリヤルを使って決済することは、例えば人民元がドルに取って代わることを意味しない。基軸通貨になるためには、外国人もその通貨を使うようになる必要がある。

だが閉鎖的な人民元については、中国の長期的な経済成長を予想しているジム・ロジャーズ氏でさえ、このままでは基軸通貨にはなれないと主張している。

ドルに代わるもの

ではどうなるか。それでも事実として多くの国の人々がドルの代わりになるものを探している。

先ず真っ先に人気になるのはゴールドだろう。最近の金価格の上昇は、ドルからの長期的な資金逃避を織り込んでいなければ説明のつかないものだということを以下の記事で書いておいた。

金価格のチャートは次のようになっている。

だが金相場は現状では株式市場よりも小さく、それよりも更に大規模な為替市場の代わりになれるかどうかは疑問である。

ゴールドの時価総額は13兆ドルであり、世界最大の企業であるAppleや、それに次ぐMicrosoftやSaudi Aramcoなどの時価総額が2兆ドル台なので、金相場は大企業数社分の時価総額しかない。だが為替市場はそれよりも遥かに大きいのである。

ゴールド以外の候補

これからドルからの長期的な資金流出が起こるとして、金相場の規模の小ささは需要にとって明らかに問題になる。

資金流入に対して規模が小さいことは、金相場にとっては大きなプラスであり、1970年代の物価高騰時代に金価格が25倍になったような大相場が繰り返される可能性もある。

だがドルからの離脱が本当にトレンドであれば、その需要はゴールドだけでは受けきれないだろう。

そこで2001年ドットコムバブル崩壊から2008年リーマンショックまでのコモディティの大相場を的中させたジム・ロジャーズ氏の『商品の時代』に次のように書かれていたことを思い出したい。

何世紀もの金相場の歴史を見れば、ゴールド以外にも牛や象牙、貝殻、美しい珠など、様々なものが「究極の貨幣」として使われてきたことはゴールドの信者であっても分かるはずだ。

もちろんゴールドが勝者となった時代もあったが、それはシルバーや、魅力で劣る銅、砂糖、小麦、材木などの他のコモディティも同じことだ。

金相場の規模の小ささを考えれば、これからの大きな需要をゴールドだけでは受けきれず、こうした他のものにも資金が流れるだろうということは言える。

長期的に割安なシルバー

特にやはりシルバーだろう。日本では金貨よりも銀貨が使われた時代があったように、シルバーも歴史的に貨幣としての使われ方をしてきた。しかも何より、ゴールドは歴史的な最高値付近を推移している一方で、シルバーは歴史的な水準から見てもまだまだ高くない。以下は銀価格の長期チャートである。

ジム・ロジャーズ氏がことあるごとにシルバーを推しているのも理解できる話である。ゴールドは1980年の水準など大きく上回っている。

そしてもう1つ上げるとすれば、現代ではやはり暗号通貨だろう。ビットコイン相場の最近の反発も、やはり長期的なドルのインフレ(価値下落)継続を見込んでのものと言わなければ説明が付かない。最近のビットコイン価格は次のように推移している。

結論

筆者の見解では、世界経済はこれからインフレ後の金融引き締めによる景気後退に突入してゆく。リーマンショックにおいて金価格が下がったように、そうなればこうした銘柄も短期的なダメージは避けられないだろう。

だがアメリカがその時に金融緩和に転換し、1970年代のようにインフレ第2波が来るのであれば、上記のような銘柄は長期的な暴騰相場へと入ってゆくだろう。筆者の予想では、その時には暗号通貨でさえも例外ではない。

ドルが基軸通貨であり続けるかどうかは、実際には投資家にはどうでも良い話である。長期的にはそうなるだろうし、数十年かけてそうなった時には、問題なくドルの代わりを務められるものが何か出てきているだろう。

だが投資家は今後数年から10年ほどの話を考えるべきだ。ドルの需要減少はトレンドであり、ドルから流出した資金を受けるにはゴールドやシルバーの相場は小さすぎる。それはそうした相場が大量の資金流入で暴騰することを意味する。

他のファンドマネージャーらの見解も参考にしながら、長期トレンドを追いかけてほしい。


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