アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が、Bloombergのインタビューでアメリカの貿易赤字とドル相場、そして米国債の関係について語っている。
貿易赤字とドル相場
トランプ政権の関税政策が世界中を騒がせているが、トランプ政権が関税にそれほどこだわっている理由は、貿易赤字を減らしたいからである。
そして何故貿易赤字を減らしたいのかと言えば、マクロ経済学では貿易赤字は、その赤字分をその国の企業と政府と家計で分け合うことになるので、アメリカの財政赤字の原因の1つとなるからである。
だが貿易には単に貿易赤字と国内経済の関係以上のものがある。為替相場である。
サマーズ氏は次のように述べている。
現在、大量の米国債が外国人によって保有されている。そして米国債への資金流入の一因、他国がそれほどの米国債を買っている理由は、彼らが貿易によって積み上げているドル預金だ。
諸外国のアメリカへの輸出は、アメリカから諸外国への輸出よりも多いからだ。
米国債は長い間、外国人によって買い支えられてきた。アメリカを貿易相手国とする国はドルで預金を行い、世界中の企業や投資家がドルで資産を保有したがった。直接米国債に投資しているわけでなくとも、ドルで預金していれば預け先の銀行はその預金で米国債を買うから、米国債を買っているのと同じことなのである。
貿易赤字縮小がドル離れを引き起こす
だがサマーズ氏は、この状況で貿易赤字を縮小するとドル相場に問題を引き起こすと言っている。サマーズ氏は次のように主張する。
しかしトランプ政権が貿易赤字を嫌いながらアメリカへの資金流入を望むことの矛盾をはっきり認識しているとは思えない。ベッセント財務長官がこの問題に熟慮の上で答えているのを聞いたことがない。
もしトランプ政権が一貫して何度も主張しているようにアメリカが財政赤字を縮小するなら、積み上がっているアメリカの負債を維持し、金利を抑えておくために必要な資金流入をどうやって確保するのか?
この議論はやや複雑である。マクロ経済学の従来の考え方ならば、貿易赤字はアメリカからの資金流出であり、貿易黒字はアメリカへの資金流入である。アメリカからドルを受け取った外国の輸出業者はドルを売るかもしれないが、アメリカからものを買う輸入業者はドルを買ってからものを買わなければならないからである。
ドル経済圏の縮小
だが世界屈指のマクロ経済学者であるサマーズ氏が単にそれを取り違えたとは考えにくい。ここは単に赤字か黒字かの問題というよりは、ドルを介した貿易の縮小という観点で考えるべきなのだろう。
実際、関税でアメリカが輸入を減らしたとしても、トランプ政権の主張するようにアメリカ国内での製造が増え、アメリカの輸出が増えるとは考えづらい。
だからトランプ政権の貿易赤字縮小は、要するにアメリカの貿易縮小である。そして多くの国がドル預金をこれまで積み上げてきたのは、ドルによる貿易が世界を席巻していたからである。
その理由は1つには、多くの国にとってアメリカは巨大な貿易相手国だったからである。アメリカとの貿易のためにドルを積み上げる。それはドルの需要である。ドルを持とうとする人々が多ければ多いほど、ドルは買われる。そして上記の理屈により、ドルが買われれば米国債が買われる。
また、そこからドルはアメリカとの貿易に使われる通貨に留まらず、アメリカとは無関係の2国間の貿易でもドルが使われるようになった。原油取引では、アメリカとの取引であろうがなかろうがドルで決済するのが慣習となっていた。1945年以来、ドルは世界中で使われる基軸通貨だったのである。
貿易のドル離れ
しかし今や、中東諸国は原油をドル以外の通貨で決済するようになった。ウクライナ戦争に関連して、アメリカがドルを使った経済制裁を振りかざしたからである。ドルを持っていればアメリカの都合で経済制裁される可能性があると認識した中東諸国やBRICS諸国は、ドルの利用をどんどん取り止めている。
そしてトランプ政権は、関税によって壁を作り、貿易を減らそうとしている。関税は一部撤回されたが、Bridgewaterのレイ・ダリオ氏は手遅れだと指摘していた。
そうしてドルを使いたがっている人が世界中で減っている。そしてサマーズ氏の指摘が重要なのは、その結果が米国債が買われなくなることだと言っている部分である。
結論
ドル離れの一番深刻な帰結はドルの下落ではない。ドルは下落するだろうが、他の通貨も下落する。
しかし重要なのは、上記の理屈によりドルを保有したい人が減れば米国債が下落するということである。
これを一番最初に指摘していたのは元クレディ・スイスの天才ゾルタン・ポジャール氏だった。
サマーズ氏も、貿易と米国債を結びつけて考えている。ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』でドルが基軸通貨ではなくなると予想した時、多くの人は懐疑的な目を向けたが、今では専門家は誰もがダリオ氏と同じことを言っている。
問題は関税そのものではない。ダリオ氏のように、もっと大きなスケールでアメリカとドルと米国債を考えることである。

世界秩序の変化に対処するための原則