サマーズ氏、米国経済のスタグフレーションリスクを警告

アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューでトランプ政権の関税政策について語っている。

関税とアメリカ経済

4月の株価急落のあと、株式市場はまるで関税など元からなかったかのように浮かれている。関税は延期され、唯一残されていた中国に対する高い税率もかなり下げられたのだが、90日間の猶予期間というだけであり、その後どうなるかは分からない。

株式市場に対する姿勢については前回の記事で既に書いたが、実際のポジションをどうするかは別として、少なくとも投資家は、いつも感情的な株式市場の4月の悲観とも今の楽観とも距離を置くべきだろう。

関税がどうなるか確定したわけではない以上、投資家は有り得るシナリオをすべて想定しておくべきである。

前回の記事で説明したように、これからのシナリオは2つある。1つは関税がアメリカ経済にダメージを与える規模に達する場合、そしてもう1つは、結局は関税が前回のトランプ政権の時のように、経済全体にはほとんど影響を与えない規模に留まる場合である。

そして前回の記事で書いた通り、どちらの場合においても金融市場には問題が生じるだろう。

スタグフレーション懸念

まずは悲観的なシナリオから始めよう。元々関税に批判的だったサマーズ氏は、関税について次のように述べている。

アメリカが失業とインフレの見通しが両方同時に悪化する政策を行なっているのは忌々しいことだ。

関税は消費税のようなものだ。違いは、その半分ほどを実質的には外国人が支払うということである。

財政赤字を縮小しようとしているトランプ政権は、増税が避けられないことを考え、アメリカ国民に一番ダメージが少ない税金として関税を選んだ。消費税や所得税など全額をアメリカ国民が負担する税金を選んでいれば、ダメージはもっと大きかったはずである。

それでも金融市場は大きく反応した。ポール・チューダー・ジョーンズ氏は、関税をはっきりと増税だと指摘している。

毎日のように規模が変わる関税が結局どうなるのかにもよるのだが、もし関税が最終的に大規模なものになる場合、サマーズ氏の言う通り、アメリカ経済は成長率が減速した上でインフレ率は上がることになるだろう。

関税の増税というのは、消費税の増税と同じことだからである。そして経済が減速する中で物価が上昇する状況のことをスタグフレーションという。

スタグフレーションと金融政策

スタグフレーションになれば、一番困るのはFed(連邦準備制度)のパウエル議長だろう。

Fed(連邦準備制度)のパウエル議長は7日のFOMC会合で、インフレ(つまり経済過熱)の懸念と失業(つまり経済減速)の懸念を両方表明した。つまりはスタグフレーションを懸念したわけである。

スタグフレーションは中央銀行にとって最悪の状況である。失業を回避するために金融緩和をすればインフレが悪化し、インフレを回避するために金融引き締めをすれば失業が悪化する。

パウエル議長はどちらを優先すれば良いのか? サマーズ氏は次のように言っている。

Fedにとってこれは珍しい状況だ。簡単に決められる絶対のルールはないが、一般的には中央銀行の第一の責務は物価の安定だと経済学者は考えるだろう。

何故ならば、インフレを引き起こしてしまえばインフレ期待が高くなり、その後インフレを減速させる過程で失業も増えてしまう可能性が高いからだ。

サマーズ氏は、スタグフレーションになれば景気をより悪化させてしまうリスクを犯してでも金融引き締めでインフレを抑えるべきだと言う。そうなれば景気後退シナリオであり、景気後退になれば株価の暴落は避けられない。

結論

一方で、市場が今織り込みつつあるのは逆の方向だ。つまり、関税が大して意味のある規模にはならないというシナリオである。

株式市場は喜んでいるが、そちらのシナリオにもリスクはある。というか筆者はそちらのシナリオの方が最終的には深刻だと考えている。

市場が考えるようにこのまま関税が形骸化し景気が良くなってゆくのであれば、株高と金利高の相場になるだろう。前回の記事で述べたように、それは前回のトランプ政権では許されたが、今回は許されない。

何故ならば、金利上昇で米国債の利払いが財政赤字の半分を占めている今の状況では、これ以上の金利上昇は米国債にとって命取りになるからである。

トランプ政権に関税延期を強要したのが、株価下落中の金利上昇だったことを思い出したい。

株価下落中に金利が上がったことは、直近100年ほどのアメリカの歴史の中で2回しかない。1970年代の物価高騰時代と、1929年からの世界恐慌である。

そしてその両方の時期において、米国株は長期の下落相場を経験している。

世界恐慌の事例についてはレイ・ダリオ氏の『巨大債務危機を理解する』で詳しく解説されているので、参考にしてもらいたい。米国株はいつでも上がり続けると思っている人は特に読んでおくべきである。


巨大債務危機を理解する