世界最大のヘッジファンド: 長期停滞と低金利とグローバリズムはすべて終わった

世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター創業者のレイ・ダリオ氏がついにアメリカ大統領選挙におけるトランプ氏勝利後の世界経済について語り始めた。大統領選後の金融市場については、これまでジム・ロジャーズ氏など様々な投資家の意見を紹介してきたが、そのなかで個人的にもっとも信頼するのがこのダリオ氏である。

そしてそのダリオ氏が、先進国経済の長期停滞、そして低金利の時代が終わったと言っている。正直に言えば結構驚いたが、耳を傾けない訳にはゆかないだろう。

相場から一旦手を退いたダリオ氏

今回主に紹介するのは、LinkedIn(原文英語)に11月15日に投稿されたダリオ氏の論考である。しかしダリオ氏は10日にも顧客に向けた書簡を出していて、そこにはトランプ氏の勝利に関する次のような見解が書かれている。(Business Insider、原文英語

われわれは非常に不明瞭で、しかし興味深い時代に突入した

われわれが知っていることよりも多くの未知の事柄が存在している

経済に関する具体的な主張が含まれていなかったため、その時は取り上げなかったが、要するにダリオ氏はその後の推移を見守りながら、大統領選後の相場をずっと考えていたのだろう。

一方で15日の記事ではその間に彼のファンド、ブリッジウォーターが相場で何をしていたかが述べられている。結論から言えば、何もしていなかったのである。ダリオ氏はこう述べている。

ブリッジウォーターは、どちらの候補が選挙に勝つのかということにも、そして勝利したトランプ氏が明るい未来をもたらすのかどうかということにも賭けないことを選んだ。未来を予想するために必要な情報が欠けていたからである。われわれはいつ賭けから手を引くべきかをわきまえることによって、自分たちが正しい決断をするオッズを上げることが出来る。それが今回のケースだったのである。

この文章に既視感を覚える読者が居ることだろう。これはトランプ氏の勝利後に長らく続けてきた金投資から手を退いた時のわたしの声明とまったく同じ理屈なのである。以下の記事である。

金投資を利益確定する理由は、トランプ大統領誕生で相場環境が一変したためである。(中略)トランプ大統領の政策はまだ具体的には発表されておらず、そして彼の政策は金相場に短期的に大きな影響をもたらす可能性がある。これは金投資にとって不確定性であり、投資の決して侵してはならない鉄則は、不確定性のあるものに投資をしてはならないというものである。利益確定の理由はこの一点に尽きる。他に理由は何もない。

この記事は日本時間11日のものだから、こういう状況における世界最大のヘッジファンドのポジションの取り方を、ここでは4日先取りしてお伝えしたことになる。ここではこうした投資のやり方をこそ読者に学んで欲しいのである。わたしのポジションの真似をしても、利益は一過性のものであり、しかもわたしよりも上手くトレードすることは出来ないだろう。しかし学んだ手法は永遠に読者のものとなる。そこが重要なのである。

古い時代が終わり、新たな時代が来る

ダリオ氏に話を戻そう。ダリオ氏は新たな時代の到来を予言する。先進国経済全体が低成長と低インフレに苦しんだ時代が終わると主張しているのである。彼はこう述べている。

実体経済と金融市場が、われわれが長らく慣れ親しんできた環境からシフトする可能性が高い。われわれがこれから何年も経験することになる時代は、これまでの時代とは大きく違ったものになるだろう。

ダリオ氏の言うシフトとは具体的にどういうものか? 先ずはこれまでの時代がどういうものであったかを整理しよう。ダリオ氏によれば、これまでの時代とは以下の特徴によって象徴されるものであった。

  • グローバル化、自由貿易、グローバルな繋がりの加速
  • 比較的害のない財政政策
  • 遅い国内の経済成長、低いインフレ、下落する金利

これが、以下の特徴によって象徴される新たな時代に取って代わられると言うのである。

  • グローバル化、自由貿易、グローバルな繋がりの後退
  • 極めて景気刺激的な財政政策
  • 加速するアメリカ経済、高いインフレ、上昇する金利

そしてその影響のなかでもっとも大きいものは何か? 金利の上昇である。

今回のイデオロギー的シフトがもたらす影響はと言えば、30年続いた債券の上げ相場の天井を既に迎えた可能性がかなり高いということだ。つまり、インフレ率と実質金利の両方について、恐らくは長期的な底を既に迎えたということである。

30年続いた債券の上げ相場とは、1980年代から金利が下がり続けたことを指している。金利の下落は債券価格の上昇を意味する。以下はアメリカの政策金利の長期チャートである。

2015-11-us-federal-funds-rate-historical-chart

ちなみにダリオ氏は「長期的な底」の「長期的な」という単語に”secular”を使っている。これは長期停滞、つまり”secular stagnation”の”secular”である。つまり、この文章をもってダリオ氏は、先進国経済の長期停滞は終わったと言っているのである。

ダリオ氏はこれまで、ラリー・サマーズ氏の長期停滞論の支持者であった。わたしの記憶によればサマーズ氏と対談して長期停滞論について議論していた動画もあったはずである。そのダリオ氏が、その意見を撤回して、金利は上がり、経済成長が復活すると言っている。トランプ氏の勝利がそれだけの意味を持ったのである。

金利の上昇、つまり債券価格の下落については、投資家のポジションという投機的要因も指摘している。

30年も続いた上げ相場のような大きなトレンドが反転する時、市場には大きくバイアスの掛かったポジションを抱えた投資家が大勢居て、彼らのポジションは反転の勢いによって退場させられることになる。そのためその反転は、そうした投資家が完全に退場させられるまで続く自己強化的なトレンドとなるのである。

「自己強化的」というのはジョージ・ソロス氏の用語である。ソロス氏の再帰理論では、あるトレンドがもたらしたある結果がそのトレンド自身を強化するものであるとき、そのトレンドは「自己強化的」であると呼ぶ。詳しくは彼の著書『ソロスの錬金術』を参考にしてほしい。ダリオ氏は当たり前のように使っているが、ヘッジファンド業界の常識なのである。


新版 ソロスの錬金術

株や為替はどうなるか?

債券市場に関するダリオ氏の見通しは明確である。では他の市場はどうなるのか? ダリオ氏は自分の考えを整理するように、中央銀行やドルの見通し、株式市場の動きなどについて断片的に述べ始める。

Fed(連邦準備制度)と、もしかすればその他の中央銀行は、金融引き締めに動く可能性が高い。そうすれば金融政策と財政政策が経済のなかで反対方向に作用することになる。他国に比べて比較的強いアメリカの経済成長と比較的引き締め的なアメリカの金融政策はドル高をもたらす。財政刺激が経済成長をもたらすことと、法人減税、規制緩和は企業の収益率と株式市場にとってプラスである。但し、株は国際的な企業よりも国内志向のものの方が有利だろう。

この部分だけ切り取れば、ドル高と株高を予想しているように聞こえる。しかし、そのすぐ次の部分を読めば、ダリオ氏が不吉な将来を予想していることが分かる。

問題は、こうした動きがいつ壊れ始めるかということである。例えば、名目の(そしてより重要なのは実質の)金利の上昇が、他の資産クラスの価格を毀損し始めるのはいつになるのか? それはいくつかの要素によって左右される。例えば、インフレ率と経済成長率の上昇がどの程度許容されるのか、ということである。しかしこうした話題に今触れることは避けたい。本題から逸れてしまうからである。

むしろこの部分をより詳しく聞きたいくらいだが、しかし彼の言っていることはわたしがこれまで示唆してきた可能性と同じである。これはトランプ氏も気付いていることでもある。つまり、金利が上がれば株式市場における量的緩和バブルが崩壊するということである。この点で彼との同意が取れたことは収穫である。

トランプ政権は有能か?

ダリオ氏は最後に、トランプ氏が選んだ人材で構成される新たな政府が有能かどうかを判断している。勿論、財務長官などの各ポストはまだ人選の最中であり、確定情報は何もない。しかし現在名前の上がっている人物について、ダリオ氏はこう述べている。

トランプ氏が考慮していると噂される人材の多くは、経済という機械がどのように動作するのかに対する十分な理解を持っており、彼らがもたらすイデオロギーのトレンド反転の影響について合理的な計算が可能な人材である。したがって、新政権はアメリカ経済を向こう見ずで愚かな方法で座礁させたりはしないだろうと踏んでいる。

わたしもこれに同意する。トランプ氏は自身は経済のプロではないが、優れた人材を周囲に置いている。その結果、トランプ大統領の経済政策は、経済学的観点から見ても理屈の通ったものとなっている。

ちなみに「噂されている人材」とは、例えばトランプ氏の経済顧問チームに名前を連ねている、2008年にサブプライムローンを空売りしたヘッジファンドマネージャーのジョン・ポールソン氏である。また、トランプ氏の個人的な友人で世界でもっとも著名な「物言う投資家」のカール・アイカーン氏も、トランプ大統領への助言を惜しまないと公言している。彼ら二人の最新のポートフォリオについては以下の記事で報じてある。

これまで投資銀行家の助力を得た政治家はいくらでも居たが、バイサイドの人間の助力を得た政治家はほとんど居なかっただろう。投資銀行の人間ならば金と権力で釣ることが出来るが、ヘッジファンドの人間は世界でもっとも金で釣りにくい(あるいは人件費が世界でもっとも高価な)人種であり、馬鹿ばかりの政治の世界に首を突っ込むよりは、自分の会社で自分の選んだ人々と好きなように自分の仕事をすることを望む人種なのである。だから個人的なコネクションでこうした人材の助力を得られるトランプ氏は、政治家として本当に恵まれている。

この話で思い出したのは、ダリオ氏が金を目的に働いている人間は絶対に雇わないと公言していたことである。ヘッジファンド業界は金融業界の中でも特殊である。そして偽物ばかりの金融業界で、正真正銘の本物が集まる場所でもある。