2015年、金融市場は米国の量的緩和終了を織り込んでいない

これについては一度しっかりと書いておく必要がある。

2008年のサブプライム・ローン危機の後、Fed(連邦準備制度)は3度にわたり債券の買い入れを行い、量的緩和を行ってきたが、この政策は2014年10月をもって終了し、現在の米国は2015年中に行われるとされる利上げを待っている状況にある。

2013年5月にバーナンキ前議長がテーパリング(緩和縮小)に初めて言及したとき、米国債は売られ、米国株も急落したものだったが、その後も株式市場は上昇し、ECB(欧州中央銀行)が量的緩和を開始した今では、米国の金利までもが低位で安定した動きを見せている。

市場は量的緩和の終了と利上げを景気回復のサインと見なし、量的緩和の終了どころか利上げまでも問題なく織り込んだかのような見方が通説となりつつあるが、それは誤りである。本来これは、中銀の支えがあるからと積極的に押し目を買ってきた市場参加者自身が一番よく知っているはずであるのだが、今後の金融市場の動きも含め、以下に説明したい。

量的緩和と株高

先ず、そもそも何故量的緩和で米国株が上がったのかを思い出してもらいたい。量的緩和には一般的に以下のような効用がある。

  • 国債買い入れによる金利の低下
  • 住宅ローン金利の低下による不動産市場の活性化
  • 債券から株式へのポートフォリオ・リバランスによる金融資産価格の上昇

ここで一番重要なのはポートフォリオ・リバランスである。ポートフォリオ・リバランスとは、中銀の買い入れにより国債の価格が上昇するにつれ、利回りの低くなった長期国債の相対的魅力が低下し、銀行や保険会社、家計などの投資家がよりリスクの高い証券(社債や株式など)を購入するようになる現象のことを指す。

Fedの公開している論文(原文英語)によれば、Fedが量的緩和を行うにつれ、米国の家計は国債を売り、社債や公債などよりリスクの高い証券を保有するようになった。このように国債から社債、社債から最終的には株式市場へと資金が溢れてくることで、米国株は史上最高値を更新してきたのである。

ポートフォリオ・リバランスの逆流

しかしながら、そのような資金は永遠に株式市場に保たれることはない。もともと投機家ではない彼らは、国債の利回りが低いから社債を買ったのであり、社債の利回りが低いから株式を買ったのである。では国債の利回りが元の水準に戻るとき、彼らはどうするだろうか? 彼らに株式をそれ以上保有しておくインセンティブはなく、資金は逆流してゆくしかないだろう。

逆流はいつ起こるのか

2013年、バーナンキ前議長が緩和縮小に言及したとき、株式市場はその可能性を想定して一度急落した。しかしその時資金の逆流は起きなかった。株式市場は、緩和が縮小のプロセスを経るにつれ、資金の逆流を恐れてその後も何度か急落したが、逆流は結局起きなかった。そして株式市場は緩和終了が織り込まれたと考え、当初の懸念を忘れてしまったのである。

しかし、投資家は資金流入の起こったプロセスをもう一度よく考えなければならない。家計や保険会社は利回りが低いために国債を売ったのであり、従って彼らが再び国債を買うインセンティブが生まれるのは、中銀が緩和を止めるときではなく、実際に利回りが上昇するときである。つまり、日欧の量的緩和もあり、米国の長期金利がいまだ低位安定している状態で、資金の逆流が起きていないのは順当だと考えられる。

逆流開始の条件

では、逆流が始まるための条件は何だろうか? およそ考えられるものは以下の通りである。

  • Fedの量的緩和の終了(2014年10月に通過済み)
  • 米国の利上げ(2015年中旬の予定)
  • 米国の長期金利の上昇(2015年中旬から2016年辺りか)
  • 米国株が20-30%の下落を正当化できる程度に割高であること
  • 米国株が先進国唯一の魅力ある株式市場ではないこと

量的緩和はすでに終了し、Fedは緩和再開の姿勢を見せていない。利上げについてもドル高に拘わらず行うと主張している。ただ、長期金利の上昇は、とりわけ欧州の金利が低いことにより抑えられている。スペインの国債が米国債よりも信頼されている状況は不自然だからである。この状況は最長でECBの緩和が終わるまで続く可能性がある。

また、米国の株式市場から資金が流出するためには、米国株が割高でなければならない。しかし資産バブルが生じている必要はなく、適正値より数十パーセント程度(すなわち下落分)割高であればよい。この条件は現在クリアされている。ブラックマンデーが起きた年の米国株のP/Eが現在とほぼ同程度であったことを思い出されたい。

更に、現在の株式市場では、日本や欧州の経済回復が弱い中、経済の強い米国の通貨と株式に資金が集中してきた経緯があり、米国で資金の逆流が起こるためにはこの傾向が取り除かれなければならない。

ECBが量的緩和を始め、この状況は変わったのではないかと思う。経済は強いが量的緩和が終了し、利上げを待つ米国株と、経済は弱いが量的緩和が始まったばかりの欧州株、どちらが投資家の買いを集めるかは面白い実験である。2015年前半の米欧の株式の動きは、金融市場において、流動性とファンダメンタルズのどちらが勝利するのかを推し量る試金石となるだろう。

投資家はあと数年はリスクを制限した投資を

投資家の不合理な行動という不確実性により、債券から株式へと流入した資金の逆流は、上記の予測よりも前後する可能性がある。個人的には後に遅れる可能性のほうが高いのではないかと思っている。こういう相場の天井は、投資家が皆、過去に流動性が相場を支えていたことを忘れ去った時であることが多いからである。米国株は更なる上昇を見せるかもしれない。しかし、このような大きなリスクを孕んだ相場に全力で資金を傾けないことは、ブラックマンデーやサブプライム危機などの暴落で損を出さない賢明な投資家の条件なのである。

相場には様々な機会が存在する。市場は不合理であり、リスクが低くリターンの大きい投資もあれば、リスクが高くリターンの少ない投資もある。両者をしっかりと見極めて、どれだけ上げ相場が眼の前を通過しようとも、後者を無視し前者だけを見る勇気を持ち続けたいものである。