引き続き、シンガポールの国家ファンドであるGICを運用していたファンドマネージャーである黄国松氏と、Bridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の、FutureChina Global Forum 2025における対談を紹介したい。
今回は、ドルの長期的価値について語っている部分を紹介したい。
アメリカの経済政策とドル
ドル建て資産はこれまで素晴らしいパフォーマンスを発揮してきた。米国株は大きく上昇し、量的緩和や現金給付を行ってもドルがそれほど下落することはなかった。
コロナ後に同じことをしようとしたイギリスのトラス政権では、即座に通貨と国債と株価が急落したのにである。
何故アメリカではそうなっていないか。それは1つには、ドルが世界中で決済や預金に使われている基軸通貨であり、アメリカがどれだけドルの発行量を増やしても世界中の人々がドルを買ってきたということがあるだろう。
だが黄氏は、アメリカの金融緩和や紙幣印刷にもかかわらずドルが下落しなかった理由について、別の理由を挙げている。
ドルとユーロ危機
黄氏によれば、これまでドルが金融緩和でも下落していない理由は、他国の状況である。
黄氏は次のように述べている。
アメリカのこれまでの状況で言えば、他の国が常にアメリカより酷い状態だった。それで「アメリカ例外主義」ということが言われてきた。
黄氏が聞き手に思考を促しているのは、ここ10年ほどの間、アメリカ以外の国の経済がどういう状況だったかということである。
黄氏は次のようにユーロ圏の話から始めている。
2012年に戻ろう。2012年には欧州債務危機があった。ユーロはドルに次ぐ通貨だということになっていた。だがギリシャやイタリアが問題に直面した。
欧州債務危機とは、リーマンショックの後、ユーロ圏はインフレを嫌うドイツ人と高金利に耐えられない南欧諸国の間で争いが起き、大国ドイツの意見が通った結果、南欧諸国の経済がドイツ向けに設定された金利と為替レートに耐えられず破綻の危機に陥ったことである。
この時結局はドイツはギリシャを救済せざるを得ず、ドイツ人は折れて金融緩和に同意した。
黄氏は次のように続けている。
ユーロ圏が経済危機になり、マリオ・ドラギ総裁が「必要なことは何でもやる」と言って金利をゼロやマイナスにした。
資金はヨーロッパから流出して何処に行ったか? アメリカだ。
金融緩和によってユーロは大きく下落した。ユーロ圏では金利が低くなったので、高金利を求めてドルに資金が集まるようになった。
黄氏が言いたいのはこのことである。つまり彼は、ドルも金融緩和をしていたが、他の国の通貨がもっと下がったためにドルが下落していないように見えるだけだということである。
ドルとアベノミクス
だがそれは、ユーロ圏だけの話ではなかった。同じ時期に日本が何をしていたかを思い出してもらいたい。
黄氏は次のように説明している。
2013年、日本のアベノミクスだ。日銀の黒田総裁が「必要なことは何でもやる」と言って金利をマイナスまで引き下げた。日本をデフレから脱却させると決心していたからだ。
それでどうなったか? 莫大な量の資金が日本の年金基金や保険会社や銀行からアメリカに流れた。
アベノミクスによって円安になり、日本の金利が下がったことで、日本の機関投資家や個人投資家は外貨預金や外貨建ての金融資産を買いに走った。
黄氏によれば、それは米国株がリーマン・ショック後に大きく上昇した要因の1つでもある。
黄氏は次のように続けている。
米国債の金利はそれほど高くなかったため、資金は米国株に流れた。それでS&P 500が史上最高値となった理由だ。ハイテクブームもあったからだ。
アメリカ例外主義の理由
アメリカはリーマンショック後、確かに金融緩和をしていた。だが、他の国の緩和の状況はアメリカより酷かったのである。
だから、ドルがユーロや円に対して下がることはなかった。だが、誰も価値を押し下げられないゴールドだけは一貫して上がり続け、ドルからも確かに資金が流出し続けているのだという証明になっている。
人々は気づいていないが、ドルの価値は下がり続けているのである。ただ、円やユーロがそれ以上に下がったために、為替レートには表れていないだけだ。
黄氏は次のように言っている。
この12年間の状況こそが、人々が現実に直面するのを遅れさせた。そして誰もが「アメリカは例外だ」と思うようになった。だがアメリカは、経済成長という観点でも資金調達という観点でも例外ではない。
アメリカが本当にそんなに素晴らしいなら、何故トランプ大統領はそれをもう一度偉大にしなければならないのか?
結論
話を現代に戻そう。今、ドルと円とユーロはどうなっているか? ヨーロッパでも日本でも特に長期の金利が上がっており、特に日本ではインフレのため金融緩和が難しい状況となっている。
だがアメリカではトランプ政権が今から金融緩和を行おうとしている。
アメリカではインフレ率が3%を越えようとしている状況であり、しかも日本やユーロ圏は同じような緩和には乗り出しそうにない。
今回のアメリカの緩和は、これまでの緩和とは何もかも違うのである。
そもそもこれまでのドル安は、それよりも酷い円安とユーロ安で覆い隠されていた。
この通貨に関するトリックは、アダム・スミス氏があの有名な『国富論』で分かりやすくトリックを暴いていたものなのだが、誰もこういう本を読まないせいで人類は何度でも同じトリックに騙される。
だがもうそのトリックはない。そして金価格はそもそも、そのトリックには騙されずに上がり続けているのである。