黄国松氏: シンガポールの外貨準備が飛行機を傾けた話

シンガポールの国家ファンドであるGICを運用していたファンドマネージャーの黄国松氏が、FutureChina Global Forum 2025におけるBridgewaterのレイ・ダリオ氏との対談で、シンガポールの外貨準備を守った話をしている。

1971年ニクソンショック

黄氏とダリオ氏は親しい友人らしい。ダリオ氏はいつものように、1971年のニクソンショックを体験した時の話をしていた。

ニクソンショックは、当時金本位制を維持していたアメリカのニクソン大統領が、金本位制を廃止すると宣言した出来事である。

もともと金本位制を維持していたアメリカでは、ドルを中央銀行に持っていけば、ゴールドと交換してもらえるはずだった。紙幣とはもともとゴールドの預かり証であって、国は紙幣の保有者が望めば預かっていたゴールドを返さなければならないはずだったのである。

しかし、財政が厳しくなり始めたアメリカは、ドル紙幣の保有者に対してゴールドを返さないという決定をした。それが金本位制の廃止である。単に政府がゴールドをネコババしたという話なのだが、金本位制の廃止という大層な名前で呼ばれている。

黄氏は、ダリオ氏の語るニクソンショックの時期について次のようにコメントしている。

それはイギリスが経済の衰退の終盤を迎えようとしていた頃だった。だがわたしの意見では、それは同時にアメリカ経済の衰退が開始した時期でもあった。

アメリカ政府によるドルの価値下落が始まったのは、まさにこの時である。そしてそれ以来、ドルを含めたあらゆる通貨は減価し続け、その下落する通貨建てで考えた金価格は上がり続けている。

シンガポールの外貨準備

さて、ここでダリオ氏が、黄氏にシンガポールのゴールドの話をするように話を振る。

黄氏は当時、シンガポールの外貨準備をどうするかを考えていた。黄氏は次のように語っている。

シンガポールは元々イギリスの植民地だったので、ほぼすべての外貨準備はイギリスのポンドだった。そしてポンドは1967年に切り下げられており、今後も危うい状況だった。

だから、わたしの仕事はイギリスへの投資を減らす方法を考えることだった。

ダリオ氏が著書『世界秩序の変化に対処するための原則』でテーマにしている「大英帝国の長期的衰退」は、その後1970年代まで続いていた。厳密に言えば、その衰退は1976年にようやく底まで落ちた。

だから、この直前にポンドから逃げることを考えていた黄氏は正しかったわけである。

黄氏が最初に考えたのはドルに替えることである。だが、黄氏が自分で言っているように、ドルの衰退もこの時期から始まった。

ではどうしたのか? 黄氏は次のように語っている。

フランスなどの国がドルをゴールドに替えているのを見て、リスクを避けるためにはシンガポールも同じようにすべきだと判断した。

それで、シンガポールは外貨準備のドルの一部を当時35ドルだったゴールドに替えることが出来た国になったのだ。

そして今、金価格は3,600ドルになっている。これは重要な教訓だ。

これは、ファンドマネージャーという観点から見れば、天才的なトレードだと言える。

シンガポールのゴールド

黄氏はまさにシンガポールを救ったと言えるだろう。今でも状況は同様で、紙幣をゴールドやシルバーに替えている人は自分自身を救っているのである。

さて、ここからがダリオ氏が黄氏に話させたがった本題である。

シンガポールはそれで外貨準備にゴールドを持っていたわけだが、それは世界各地に保管してあった。

それを管理していた時の話なのだが、黄氏は次のように語っている。

ロンドンの金庫にあったゴールドの一部をシンガポールに持って帰ってくる仕事をしたことがあった。

シンガポール航空の機体はゴールドがきっちりと積まれた状態でシンガポールに向かった。ヒースロー空港ではすべてが順調だった。何の問題もなく中継地のドバイにもたどり着いた。

だが問題はシンガポールに着いた時だ。われわれは、まず乗客に降りてもらうのが良いと思った。だが、乗客が降りた瞬間、飛行機はゴールドの重さで上を向いた。

それで乗客には飛行機に戻ってもらって、ゴールドとのバランスを取ってもらうしかなかったわけだ。

乗客はゴールドが乗っていたことを知っていたのだろうか。そして、機体のバランスを取る重りとして機内に戻されたことを知っていたのだろうか。

結論

興味深いのは、シンガポールの国家財産を預かっていた黄氏が次のように言っていることである。

現物のゴールドで本当の意味でリスクを分散させるためには、ゴールドを保管する場所を分散させなければならない。

すべてを自国で保有するべきではない。自国で戦争があれば、自国は危ういからだ。

資産を守るという意味では、現物のゴールドはすべて自分で保管していた方が良いようにも思える。しかし例えば、自国が戦争で焼け野原になり、家も燃えてしまったとしたらどうだろうか。

もし海外にゴールドを預けていて、その国が戦争もなく安全であったとしたら、ゴールドは守られるのである。

紙幣の価値下落や戦争の可能性を考えて資産を避難させるべきだと考えている人は多い。しかし、何をどこに保有するべきかという問題は、それほど単純ではないのである。

第2次世界大戦を回避しようとしてフランスから南の島に避難した人がどうなったかを語っていたジム・ロジャーズ氏の話もあるではないか。そういう世界情勢で自分と資産を守ることは簡単ではないのである。


世界秩序の変化に対処するための原則