世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、Greenwich Economic Forumで覇権国家アメリカとグローバリズムについて語っている。
ダリオ氏の予想
世界最高峰のヘッジファンドマネージャーであるダリオ氏は、これまで様々な予想を的中させてきた。2018年に発売された『巨大債務危機を理解する』では、量的緩和は次に現金給付に進化するということを予想していた。
そして2020年にコロナ禍で現金給付が行われ、世界的な物価高騰に繋がった。
また、現金給付でインフレになりかかっていた2021年に発売された『世界秩序の変化に対処するための原則』では、緩和政策でインフレが発生すると同時に戦争が起きやすくなると予想している。
そして2022年にはロシアがウクライナに侵攻したのである。
インフレと債務問題
ダリオ氏の予想で重要なのは、ダリオ氏が経済と政治を不可分のものとして見ているということである。
ダリオ氏はなぜインフレと戦争を関連付けることができたのか。それはまず、インフレがアメリカの債務の問題だからである。
現金給付でインフレが起きたということは、逆に言え経済大国アメリカがそこまでしなければ自国経済を支えられなかったということである。
アメリカは今でも世界1位の経済大国だから、そこだけ見ればアメリカが衰退しているとは誰も思わない。
だが元々低金利政策だった緩和政策が量的緩和になり、それが現金給付になってインフレを引き起こしたことを見れば、アメリカが経済を維持するために過激な政策を取らなければならなくなっていることは、ファンドマネージャーの目から見れば明らかである。
そして今、トランプ政権はインフレが収まっていない状況下で金融緩和をしようとしている。
インフレと戦争
トランプ大統領が焦っているのは、コロナ後のインフレと金利上昇で米国債の利払いが急増し、アメリカの財政赤字の半分にも達しているからである。
それは勿論軍事費も圧迫している。それが、インフレと戦争の関係なのである。
アメリカは第2次世界大戦後覇権国家になったが、覇権とはかなりの程度、どれだけの資金を軍事費に割けるかと関係している。
だから、アメリカの財政状況が変わってきたということは、アメリカの覇権の状況が変わってきたということである。
アメリカが軍事費に自由にお金を使えた状況下では、他の国々はアメリカの言うことを聞かざるを得なかったし、それが仮に他の国にとって横暴な要求であったとしても、それに刃向かえる国はなかったのである。
だが、アメリカの要求を無視してもアメリカは大したことは出来ないと他の国々が思い始めると、これまでアメリカの振る舞いを我慢していた国が我慢をしなくなる。
それがロシアのウクライナ侵攻を引き起こし、ガザではイスラエルに対して反撃を試みる人々が出てきたわけである。
変わりゆく世界秩序
この状況は『世界秩序の変化に対処するための原則』におけるダリオ氏の読み通りである。
そして今回、ダリオ氏は更に次のように言っている。
世界秩序は変わりつつある。多国間協力の世界秩序は終わった。
国連があり、国際司法裁判所があり、WHOがあり、WTOがあり、IMFがあり、世界銀行があり、多国間で協力しようとするアメリカの世界秩序、それはもう終わった。ほぼ終わったと思う。
こうした状況に戻ってゆくとは思わない。
国際機関というものは、戦後にアメリカが主導で作った。
それは表向きは「話し合いで民主的に解決しましょう」というものだったが、例えば国連の常任理事国はアメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアの5国で構成され、一見公平に見えながら、きっちり過半数が欧米の国で占められるように作られている。
それはつまり、一見公平に見えるが本質的には自分の思うように物事が進んでゆくためのシステムをアメリカが作ったということなのである。
それを戦後、世界の国々は受け入れた。何故か? アメリカにはそれを押し通すだけの力があったからである。
そして、西側諸国の人々はそれで良いと思っていたかもしれないが、世界のすべての人々がそう思っていたわけではない。
だから、アメリカに従わなくても良い状況下になれば、途端にこうしたシステムは壊れ始める。国連を含むアメリカが作った国際機関の賞味期限は、アメリカの覇権の賞味期限とまったく同じになるのである。
これからの国際問題
これまでは国際問題をどう解決するかを多かれ少なかれアメリカが決めていた。だが、アメリカの独断に他の国が従わないとなると、これから国際問題はどう解決されてゆくのか。
ダリオ氏は次のように言っている。
歴史を振り返り、今の状況を見れば、こうしたことが紛争の形で解決される傾向が出てきている。
今までも問題が力で解決されてこなかったわけではない。アメリカが独断的に力で解決してきたのである。
だが、アメリカの財政に余裕がなくなり、アメリカの覇権に反発しようとする国が出て来れば、力と力がぶつかることになる。
ダリオ氏は次のように続けている。
そうならないことを祈るが、祈ることは戦略にはならない。
結論
そもそも、アメリカの覇権はベトナム戦争あたりから既に怪しかったと言える。そして最近ではアフガニスタンを実質的にタリバンに奪われるなどの状態であり、元々怪しかったものが機能していないことに多くの国が気づき始めている。
ダリオ氏はこの状況を誰よりも早く察知して、アメリカのインフレと戦争の発生を結びつけたのである。
しかし、ダリオ氏はなぜその関係性に気づけたのか? アメリカ以前の大英帝国などの覇権国家が同じようにインフレで衰退したとき、同じことが起こったからである。覇権国家が衰退するとき、戦争が起きる。そしてインフレも酷くなる。
詳しくはダリオ氏の著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で解説されているので、興味のある人はそちらを参考にしてもらいたい。