ジョージ・ソロス氏: 財政出動でドルが上昇して下落する理由

コロナ禍における景気後退でアメリカは未曾有の金融緩和を行なっているにもかかわらず、ドルは下落せずむしろ上昇している。一方でレイ・ダリオ氏などのファンドマネージャーらはドルに弱気の姿勢を示している。

このギャップは何なのだろうか。今回の記事では著名ファンドマネージャーであるジョージ・ソロス氏の論考を読みながらその原因を見つけたい。

財政出動とドル相場

今回引用するのはジョージ・ソロス氏の著書『ソロスの錬金術』から1980年代のドルの推移について分析した部分である。

1980年代とはアメリカで15%ものインフレが起こった時代であり、コロナ禍における大規模な現金給付により物価高騰が始まっている今のアメリカと似通っている。

当時のレーガン大統領はそうした状況にもかかわらず財政赤字を拡大し続けた。

レーガン氏は政府予算を小さくする「小さな政府」を標榜する共和党の大統領だったが、口では財政赤字を縮小すると約束しながら軍事拡大のための支出を増やし続けた。この財政赤字の拡大は、短期的にはドル相場の上昇をもたらし、そしてその後のドル暴落の原因を作った。ソロス氏は次のように書いている。

短期的には促進効果を持つが、長期的には抑制効果をもたらす1つの要因は、財政赤字である。なぜなら、財政赤字は金利メカニズムを通して、生産的な用途から資源を吸収してしまうからである。

財政出動の最大の問題は人々が必要としていないものを作り上げてしまうことである。それは人々が自分でお金を払ってまで手に入れたくないものを無理矢理作り出す。

しかも資金がそうした本当は必要とされていないプロジェクトに行ってしまえば、人々に必要とされるものを作っている人に資金が行かなくなる。それは長期的には経済活動を低下させる。ソロス氏の弟子であるドラッケンミラー氏が言っていたことを思い出したい。

結果として生じた低成長は金利の恒常的低下をもたらし、長期的には通貨の上昇をさまたげる。しかし短期的には逆の効果を持つ。

短期的な金利上昇、長期的な金利低下

ソロス氏は次のように述べている。

高い金利のおかげで海外から資本を吸い上げている間は、この問題は水面下に隠れている。

現在、アメリカで行われている金融緩和にもかかわらずドルが上昇しているのは、金利が上がっているからである。ドル円のチャートを掲載しよう。

アメリカの長期金利は次のようになっている。

財政出動は少なくとも短期的な経済拡大をもたらすため、金利を上昇させる。

短期的には高い金利に引かれてドルに資金が集まってくる。しかし高金利が経済にどういう効果を持つかを考える必要がある。

高金利は住宅ローンや企業の設備投資の融資の金利などを通して経済を弱体化させる。今は現金給付などの財政出動がその分を補っているが、米国政府はいずれ選択を迫られることになる。高水準の財政出動を止めた時に金利が低下しドルの下落を余儀なくされるか、永遠に高水準の財政出動を続けるかである。

前者は直接のドル下落シナリオとなる。後者の場合も、ドルの下落は免れそうにない。高金利の状態で赤字国債を発行し続けることは国家の財政にとって命取りとなる。政府は増え続ける国債に対して高い金利を払い続けなければならないからである。

高金利で増える利払い

事実、コロナ禍における財政出動でアメリカの政府債務はGDP比130%に達しようとしている。

これは金利が1%上がればGDPの1.3%分利払いが増えるということである。しかもバイデン政権のインフラ投資で政府債務はここから更に増えることが想定されている。

財政出動を続けなければ投資家を惹きつけている高金利がなくなりドルが下落してしまうが、そうしている内に利払いは増えてゆく。ソロス氏は次のように続ける。

投機的な資金流入は短期的に見れば自己強化的な効果を持つのだが、長期的に見れば、利子及び返済義務を累積させるために自己強化とは反対の方向に作用する。

やがて債務の返済が増加し、トレンド循環の土台になっている関係が崩れる。そして為替レートのトレンドが逆転し始める。

ソロス氏の文章は1980年代のレーガノミクスにおけるドル相場の分析だが、恐らくは2020年代にも同じことが起きるだろう。ちなみに当時のドル円のチャートは次のようになっている。

レーガン大統領の任期は1981年から1989年である。ドルの暴落は1985年のプラザ合意に始まり、ドルの価値は円に対して実に半分になっている。しかもこのドル暴落は最終的には1987年のブラックマンデーにおける株価暴落に繋がっているのである。以下の記事では当時のソロス氏のドル売りトレードを解説している。

結論

細部に違いはあれ、コロナ禍におけるドル相場は恐らくこのシナリオと似た道筋を辿ることになるだろう。こうしたドルバブルの崩壊シナリオは長期的にはレイ・ダリオ氏が主張しているドル暴落シナリオと同じものである。

しかし、今回ソロス氏のドル相場分析を用いたことで、ドルが上昇している現状から下落に変わるまでの道筋をもう少し具体的に示すことができたのではないか。

また、ソロスファンドの最近の動向について書いた記事も参考にしてもらいたい。


ソロスの錬金術