引き続き、ジョージ・ソロス氏の著書『ソロスの錬金術』から、1987年のブラックマンデーについて語っている部分を紹介したい。
この時代は同時に、輸出立国としての日本の終わりでもあった。そしてそれが恐らくこれからのドルの行方を考える上で一番重要なのではないか。
ブラックマンデー
ソロス氏の『ソロスの錬金術』はソロス氏の投資理論を惜しみなく解説した本だが、執筆時期である1980年代のレーガノミクス相場の解説や、クォンタムファンドのリアルタイムのポートフォリオを開示したその当時の投資日記が含まれている。
レーガノミクスの結果である1987年のブラックマンデーについてのソロス氏の解説は、前回の記事で紹介しておいた。
事の発端は、まさに今のトランプ相場のように、元々はインフレ後の高金利とドル高の相場となっていたのだが、ドル高に耐えられなくなったレーガン大統領がプラザ合意によって各国協調によりドル安を導く約束を取り付けたことである。
ドルは下落したが、今度はドル安が止まらなくなり、株価まで下落を始めた。世界の投資家が米国株や米国債を買っていた理由の1つがドル高だったのだが、まさに今のトランプ大統領のように、レーガン政権が自分でそれを取り除いたからである。
ブラックマンデーにおいて、米国政府は利上げしてドルを守るのか、利下げして株価を守るのかの二者択一を迫られた。ソロス氏は次のように言っている。
1987年の暴落は、景気後退を避けるのと、ドルの価値を守るのと、どちらが大事かという問題を米国政府に突きつけた。
米国政府は当初、ドル安を放置するような態度を取っていたが、ドルが下落すれば株価も下落するということに気付き、態度を変えた。
ソロス氏は次のように続けている。
暴落以来、ドルが弱まれば世界の株式市場も弱まり、株式市場が弱まればドルも弱まるという状態になっている。
市場からのメッセージは明白だ。これ以上のドル安は利益にはならない。
レーガン政権はそのメッセージを受け取ったようで、ドル安を容認するような声はかき消え、財政の均衡のための妥協が達成された今、ルーブル合意を立て直すための準備がなされている。
ルーブル合意は、プラザ合意で合意されたドル安政策を止め、ドルを支えるための合意である。前回の記事では、この合意が失敗したことがブラックマンデーに繋がったことを解説した。
アメリカの貿易赤字、日本の貿易黒字
だがこの話にはもっと根深い問題がある。アメリカの貿易赤字である。
これも今と同じだが、レーガノミクスの問題も財政赤字と貿易赤字だった。本来ならばドル安になるような状況で、高金利と経済成長によって無理矢理アメリカに資金を呼び寄せていたのである。
ただ、単にそれだけではドルはバブルにならず、もっと早くに下落していたかもしれない。ドル高になったことには他の重要な理由がある。
それは日本である。アメリカが巨額の貿易赤字を抱えていたと同時に、アメリカに自動車を輸出していた日本は貿易黒字を抱えていた。そして日本は輸出で稼いだドルで米国債を買い支えていた。
つまりアメリカの貿易赤字の原因となっていた日本が、米国債を引き受けることによってアメリカの財政赤字を支えていたのである。
つまり、アメリカは日本から借りた金で日本の車を買っていたのである。そして日本にとっても稼いだドルを売らず、ドルを高いままにしておくことも日本にとっては都合が良かった。ドルが高い方が日本の輸出企業にとってアメリカは魅力的な輸出先となるからである。
日米の相互依存の解消
だがこのような関係は永遠には続かなかった。アメリカが不平を言い始めたからである。それはまずプラザ合意によるドル高の解消という形で壊れ始めたが、今のトランプ相場はまさにその段階にある。
そして当時のレーガン政権は、ドル高を反転させることがこれまでの日米相互依存によるメリットのすべてをも逆流させることだということに気付いていなかった。
では問題はどうやって解決されるべきだったのか。ソロス氏は、次のように考えていた。
日本にとって輸出市場を守る最善の方法は、アメリカに生産拠点を移すことである。そのプロセスは暴落よりも前に既に始まっていた。自動車メーカーを始めとする多くの日本企業が、製造のための子会社をアメリカやメキシコに設立している。
このトレンドは暴落とドルの下落によって加速するだろう。株価とドルの下落が日本人にとってアメリカの資産を買いやすくし、日本で製造したものを輸出する国としてのアメリカの魅力を減少させるからである。
つまり、日本の製造業による輸出からのシフトが、アメリカの貿易赤字の最終的な解決策となる。
まさにこれは、トランプ大統領が輸出国に対して要求していることである。
当時に関して言えば、日本のバブルはブラックマンデーの2年後に弾け、日本は輸出一辺倒の経済から脱却してゆく。
そしてドルと米国債の力強い買い手を失ったアメリカも、自然なドル安を受け入れ、アメリカの経済はドルの価値低下とともに縮小し、ソロス氏の言うように魅力の薄いマーケットへと衰退してゆくはずだった。だがドルは下落しなかった。
何故ならば、日本の後を継いでアメリカと同じ依存関係を続けることになる大国が現れたからである。
それは中国である。中国はまさにこの辺りから経済成長を始め、日本よりよほど大きな経済大国へと成長し、新たなドルと米国債の買い手となった。だからまだドルは強いままなのである。
結論
ソロス氏の予想がそのまま当たらなかったのは、1987年時点でその事実を予想できなかったからである。だが当時はまだ日本のバブルさえ弾けておらず、日本こそがアメリカを追い越して世界一の経済大国になると誰もが信じていた時代である。
そして今、トランプ大統領は当時と同じように、今度は中国との貿易とドル買いの依存関係を断ち切ろうとしている。
だが問題が2つある。中国がドルと米国債の買い手から撤退した場合、今度は誰がそれを引き継ぐのか。そもそも中国のような怒涛の経済成長をする国がまた都合よく現れるだろうか。
可能性があるとすれば、インドかもしれない。だが、仮にインドがこれからこれまでの中国のような経済成長をするとしても、果たしてドルと米国債を買ってくれるだろうか。
そしてもう1つ当時と今の違うところは、積み上がったアメリカの政府債務である。ドルと米国債が買い手不足に陥った場合、その悪影響は当時の比ではないだろう。
ここまで考えれば、ラッセル・ネイピア氏の米国債暴落シナリオが現実味を帯びてくるのである。ネイピア氏は中国がアメリカとの依存を解消すれば、ドル資産の暴落が起きると予想している。
日本がドルと米国債を買い支える役目を終えた時、ドルと米国債は(そして結果としてアメリカ経済は)衰退するさだめにあった。だがそれを中国がとんでもない経済成長をし、日本の役割を引き継ぐことによって救った。
だが第2の中国は恐らくもうない。今回のトランプ大統領のドル安政策は、もしかしたらそのまま拾うもののない下落相場になるのではないか。そして、日本人はよく知っているように、通貨の衰退とはすなわちその国が衰退することである。
ソロス氏の『ソロスの錬金術』におけるレーガノミクスの解説は、これからのトランプ相場を分析する上で必須の知識なので、未読の人には読んでおくことをお勧めしたい。