パウエル新議長、2012年に量的緩和に難色

アメリカの中央銀行に相当するFed(連邦準備制度)の議長として利上げとバランスシート縮小を進めたジャネット・イエレン氏の後を継ぐジェローム・パウエル氏が、バーナンキ議長時代の2012年に、量的緩和第3弾の開始に難色を示していたことが1月5日に公開された議事録で明らかになった。

ロイターなどが報じているが、ここではより掘り下げてお伝えしよう。

2012年のパウエル氏

イエレン氏の任期終了後、2018年のアメリカの金融政策はパウエル氏に委ねられる。そして金融政策におけるパウエル氏の方針を知るためには過去の議論を調べるのが一番だが、2012年分の議事録が公開されたので、その中から量的緩和第3弾(QE3)の開始が決定された9月のFOMC会合の議事録を取り出し、パウエル氏が量的緩和に対してどのような判断をしていたのかを調べてみたい。

2012年9月の会合では、主にバーナンキ議長(当時)の主導により量的緩和第3弾の開始が決定された。2008年の金融危機から已に4年が経過しており、量的緩和の必要性に疑問を呈した参加者も多かったが、パウエル氏は懐疑的な側だったようである。彼は以下のように述べている。

現在のFedの方針にいささか居心地を悪く感じている。他の参加者も指摘した通り、現在は2012年であり、緩和が必要であった2008年や2009年や2010年ではないのである。

Fedの行動が必要となるような、目立ったデフレや景気後退、金融危機などの脅威もない。

わたしの懸念は、Fedの政策が僅かな効果のために将来的なリスクを積み上げ、しかもそれが習慣になりつつあるということである。

差し迫った必要がなければ中央銀行は過度に経済に干渉すべきではないという、「小さな政府」を標榜するアメリカ共和党的な考え方である。トランプ大統領と与党共和党がパウエル氏を選んだ理由は、まさにそこにある。投資家にとっては、こうしたタカ派的な考え方はドル高を意味することになる。

中央銀行家パウエル氏の手腕

しかし問題は、ロイターの記事も指摘している通り、パウエル氏がそう決断した理由である。

イエレン氏やバーナンキ氏に限らず、中央銀行家とはGDPや労働市場、貯蓄率などの経済統計をもとに実体経済をマクロ経済学的に観察し、今後の動向を考えることが求められる。しかしFedの理事になる前の経歴としては主に企業買収を行うプライベート・エクイティ投資を専門としていたパウエル氏は個々の企業を観察する専門家であり、マクロ経済学の専門的知識がない。

したがって、FOMC会合においてマクロ経済学的に話を進めるイエレン氏やバーナンキ氏とは異なり、パウエル氏の議論は例えば以下のようなものである。

プライベート・エクイティの投資家は3年から5年のスパンで企業に投資をするのだが、わたしが実際に話した多くのプライベート・エクイティの投資会社は、会社の規模にかかわらず、今が買い時だと考えている。

彼らの強気な相場観は、次の何ヶ月かを予言するためには何の役にも立たないかもしれないが、より長期を見れば何らかの兆候を示しているものだと信じる。何故ならば、彼らは皆非常に成功している投資家で、一部は長期間に渡って優れたパフォーマンスを示し続けている人物もおり、彼らは次の数年に高い経済成長を予感している。そして彼らは、単にそれが自分の意見だというだけではなく、実際に自分の資金をその予測に賭けているからである。

これは当然彼の議論の一部だが、パウエル氏が経済成長やインフレなどマクロ経済学的な議論に触れた箇所では他の参加者の意見をほぼなぞっているだけであり、彼の発言の主要な部分は主に、彼の周りのプライベート・エクイティの投資家がどう考えているかということである。

結論

パウエル氏が議長に就任して以降は、パウエル氏のこうした考えがアメリカの金融政策の方針を決めることになる。

わたしが言いたいのは、パウエル氏の友人の意見がアメリカという国の金融政策にそれほど重要なのであれば、その友人を議長にしてしまえばいいということである。パウエル氏は他人の意見を会議に持ってくるだけではなく、自分の頭で考える必要がある。

これは世界経済にとってかなり致命的なことなのだが、パウエル氏にはマクロ経済学的に判断をする経験と能力がないし、専門であったプライベート・エクイティの投資家としての相場観も、投資の実務から離れた今では何の役にも立たない。わたしはイエレン氏の経済学者としての判断は、長期停滞論を考慮に入れていない、時代遅れのモデルに基づいているとずっと批判してきたが、しかしそれでもイエレン氏は自分の誤りに気づくだけの能力はあった。

しかしパウエル氏はそもそも自分で考える能力に欠けている。筆者が思うに、これは2018年の世界市場にとって2つの問題を生む。

1つ目は、金融引き締めが行き過ぎた時に、Fedが適切な対応を取れなくなる可能性である。何度も言っているように金融市場はかなりの綱渡りをしており、Fedが少しでも間違えれば途端に市場全体が崩壊する状況にある。

そして2つ目は、自分で考える能力のないパウエル氏を、他のFedのメンバーがどう思うかである。

パウエル氏は2012年に量的緩和に難色を示したが、結局はバーナンキ氏の決断を尊重して賛成票を投じたように、Fedのメンバーがそれぞれ多様な主張を抱えているにもかかわらず、これまで議長の方針通りに足並みをそろえてきたのは、バーナンキ氏やイエレン氏が学者として他のメンバーに尊敬されていたからである。

しかし、パウエル氏には間違いなくその資質がない。そしてメンバー間の意見の相違は既に明るみに出始めている。2017年12月の利上げでは2人のメンバーが反対票を投じた。

イエレン氏が議長を務めている間にも既に表出し始めている不協和音は、パウエル氏に交代した途端に噴出する可能性が極めて高い。そうなれば、仮にパウエル氏自身が引き締めの継続を望んでも、反対票を投じた2人を筆頭とするFed内のハト派の反乱に遭う可能性がある。

中央銀行の動向予測はイエレン氏の任期よりも複雑になりそうである。今後もアメリカの金融政策については引き続き報じてゆく。